第2酒:タダ酒ほど旨いモノはない。

ヘンリー。アラフォー手前のオッサンである。

少し白髪の混じった黒髪黒目。中肉中背。最近ちょっと腰が痛い。

無精髭だらけの顔。眼つきが悪く、パッと見はチンピラだ。

どこにでもいそうな雑魚の小悪党みたいな印象を受ける。


それがヘンリーだ。

ボロボロの村人仕様の布の服とズボンが余計に雑魚感を醸し出す。

ちなみにそれだけ。他に荷物は、何故かない。

後は剣を佩いていた。ヘンリーが愛用している剣だ。

拵えは彼と同じパッとしない二束三文の剣に見える。


「ふぅー……やっべぇな」


彼は酒を飲んだ。ぐいっと飲む。


「ふうっ」


妹に村を追い出されて数時間。

すっかり夜になり森の中で迷っていた。

10年ぶりに村の外に出たヘンリー。

村が森に囲まれていることも忘れていた。

トボトボ歩いていたら迷っていたというわけだ。


「まぁ歩いていたらどっか道につくだろ」


そんなことより大問題が発生していた。

酒が無くなりそう。


「参ったなぁ。はやくどっか村を見つけねえと」


酒が切れる前に森を出ないといけない。


「おっ」


唐突に道に出た。小さな森を通った道だ。

ろくに舗装されておらず獣道よりはちょっとマシぐらいだが、道は道だ。

ここを辿れば人の居るところに着く。


「獣酒でも探そうと思ったが」


獣酒。獣が木の洞に貯め込んだ果物が発酵して酒になった代物だ。

洗練されてない分だけの野生味の濃さは他に勝る。


「どうやらその心配はなさそうだな。ふう」


道を歩いていくと、何か見えた。


「んん? あれは」


道の先に何か……馬車が横転していた。

真っ黒い格式高い馬車だ。


「……誰もいないな」


馬も従者も馬車の乗客もいない。

それと荷物も無かった。


「……血と足跡か」


馬車から森に血と足跡が点々と続いていた。

酒瓶をグイッとあおる。

道をみつめる。馬車を見る。


「近いのはこっちだろうな」


そう呟いてヘンリーは森へ足を踏み入れる。

どっちが早く酒が手に入るかを優先的に考えた行動だ。


ヘンリーは歩くとき自然と猫背になる。

かったるくて面倒くさいみたいにだらしなく歩く。

おまけに酒を飲んでいるので千鳥足になる。

完璧不審者だ。ゾンビに間違えられてもおかしくない。


血と足跡を辿ると洞窟が見えた。

槍を持った革鎧の男が見張りをしている。

いかつい悪党顔と体格だ。ヘンリーは迷いなく彼に近付く。


「よぉ、キョーダイ」

「だ、だれだ」

「俺だよ。ヘンリーだよ」

「ヘンリー……ひょっとしてドブのヘンリーか」

「久しいな。キョーダイ」


ヘッヘヘヘッッとヘンリーは汚く笑う。

特に否定も肯定もしない。


「ここへは紹介か?」

「そんなところだ」 

「おまえも盗賊になっていたんだな。やっぱり」

「まぁなぁ。それでカシラは奥かい?」

「ああ、極上の戦利品に上機嫌だ」

「酒か?」

「それもあるが女だな。いいところ貴族がふたり。エルフの侍女がひとり」

「ヒュー、エルフの侍女たぁ、かなりいいところ爵位だな。ひょっとしてあの馬車か。道端で横転していた」

「チッ、まだ片付けて無かったのか」

「馬と他の死体は片付けてあったがな」

「後でバズロに怒鳴っておくよ」

「大変だな」

「まったくだ。ああ、ちょうど酒盛りだ。いいタイミングだな」

「そいつはラッキーだね。んじゃまぁ入らせてもらうぜ。キョーダイ」

「歓迎するぜ。キョーダイ」


あっさりヘンリーは洞窟に入る。

入ってすぐ階段になっており、降りると樽と木箱が雑に積んである通路に出た。

見回して進むと酔った男に会う。


「よぉ」

「あ。誰だ?」

「ヘンリーだ。おいおい。おい。酔い過ぎだぞ」

「ああ、なんだヘンリーか」

「あんま飲み過ぎるなよぉ」

「これくらい平気だ」

「まっせいぜい気を付けろ。じゃあな」

「おうよ」


そう擦れ違う。

そんな感じで適当な相槌と名乗りを繰り返し、ヘンリーは地下3階に着いた。

大きな木の扉が開いていてワイワイガヤガヤと騒がしい。


「ここか」


呟いて何食わぬ顔で平然と酒盛りに混じる。

酒瓶を何本かとコップを手にして空いた席に座ると注いで飲む。

粗末な木のテーブルに肉料理が雑に置いてある。

いかにも盗賊らしい。肉とパンしかない。


「ふうぅ……」


それらに一切手を付けず飲みながらヘンリーは酒盛りを観察する。

洞窟内の広い空間に14名。擦れ違ったのは3名。

門番を入れて、18名。まあ全部で20名ぐらいだろうと推測する。


「ぷはあぁっ、うまい」


歓喜の息をこぼして盗賊団のボスを探す。

こういうのは目立つのですぐ見つかる。

上機嫌に笑って酒を飲む男。

剃髪で眼帯をして顎髭が伸びている。体つきも大きく腕も太い。

彼中心にして集まっているので、あれだなとヘンリーは確信した。


「……あいつにするか」


ヘンリーは立ち上がって、頬に傷のある男に話し掛ける。


「よぅ。キョーダイ」

「おう。キョーダイ」


乾杯する。相手は顔が真っ赤で泥酔寸前だ。

ヘンリーはにやりとする。


「楽しいなぉ。酒は美味いし、いいもんが三つだからなぁ」

「いいもん……?」

「上等がふたつでエルフのメイドがひとつ」

「あーあれか」

「どうしたぁ。後で俺等も味わえるんだろ?」

「聞いてねえのか」

「ねえなぁ」

「手出しは禁止だ。取引に使うんだとよ」

「取引?」

「おまえ本当に聞いてねえんだなぁ」

「そりゃあ死体を片付けていたからなぁ」

「じゃあ無理ねえか。取引は俺等のパトロンといつものやつだ」

「なるほどなぁ」


パトロンで思いつくのはいくつかあった。

だがそれらはヘンリーには関係ない。彼はタダで酒を飲みにきた。

それが主目的だ。後は―――とりあえず今は飲む。


ああ、タダ酒ほど旨いモノはない。






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