第65話

「おい、待て」


背中に掛かる男の声。



「...んっあぁ...中尊寺様ぁ...私に集中してください」


女の喘ぎ声は激しくなる。



「俺よりその子に構ってあげてください」


そう言って振り返らずにドアに手をかける。


待つ必要なんて無いもんね。



「チッ...さっさとイケよ」


男の不機嫌な声と同時に激しく軋むスプリング。



「っああぁぁ~」


悲鳴に良く似た女の甲高い喘ぎ声。



私はドアから体を滑らすように外に出ると後手にドアを閉めた。



気持ち悪い。


中尊寺って、悪趣味な男。


恋人との営みを他人に見られても平気だなんて。


色んな意味であいつはないわ。



しかも相手の派手な女もどうなの?


恥ずかしがる事もなく男の上で腰を振ってたし。


あいつら頭悪いわ。



それより、捕まる前に逃げなきゃ。


あいつってば私を呼び止めてたし。



早歩きで観音開きのドアへ向かう。



ドアの側のデスクにはあのインテリ眼鏡。


急ぎ足の私を無表情で見ていた。



「ありがとうございました」


ムカツクけど頭を下げて前を通りすぎる。



「いえ、ご苦労様でした」


感情の無い声が返ってくる。


インテリ眼鏡が操作したのかドアが観音開きに開く。



はぁ...やっと帰れる。


ホッと安心した瞬間に背後で奥のドアが開く音がした。



「おい、待てよ」


あの男の声がした。


それを合図にスタートダッシュする。


誰が待つもんですか。



勢い良くドアを出た風圧でふわりと浮いたキャップ。


ヤバッ...と慌てて頭を押さえたけど、さらりと流れ落ちた私の黒髪。





「...チッ」


思わず出た舌打ち。



背後でインテリ眼鏡の「女?」と驚く声が聞こえた気がしたけど、そのまま立ち止まらずにエレベーターまでダッシュした。



ここは逃げとくのか得策でしょ?


第一、私はなにもしてないんだし。



エレベーターに乗り込み一階のボタンを連打する。


お願い早くついて。



キャップの中に髪の毛を入れ直して、呼吸を整える。




「なんなのよ、ここ」


紘君も毎回あんなの見せられてたのかな?


ほんと、悪趣味にも程がある。



ま、見られて欲情する変態も居るって話だしね。


見せられる側は堪んないけど。



私も高校の時の彼氏とそう言う経験は有るから、あの場で叫んだりしなかったけどさ。



他人の営みなんて見ても、気持ちのいいもんじゃないよ。


本当、ムカムカするわ。


イケメンは何しても許されると思ってんのか?

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