第62話

「行ってきます」


大きめのトレーにラップをかけた料理を乗せて歩き出す。



「気を付けろよ。危ないと思ったら料理を放って逃げろよ」


なんて私の背中に言う颯斗君に、



「今なら男の子に見えるので大丈夫ですよ」


と振り返って微笑んだ。



男の子を襲う物好きはそうそう居ないと思うし。




ドアを押し開けるとカランカラ~ンとドアチャイムが鳴る。



少し薄暗くなった街へと足を踏み出した。



そんな私の背中を颯斗さんは不安そうに見つめていたらしい。



俯きかげんに目的地を目指す。



五軒先の黒いビルだったよね?


確か、注文した人は中尊寺さん。


ビルの入り口に居る警備の人に声をかければ良かったんだよね。



賑やかになりつつある繁華街を人にぶつからないように歩く。


出勤前のキャバ嬢や客引きのホストがウロウロしてる。


メイン通りじゃないから、通れないほど人は居ないけど、夜の装いに街は変わり始めていた。



急ぎ足で目的の黒を目指す。


その建物は直ぐに見つかるぐらい周囲のそれとは逸脱していて。


真っ黒のフォルムがなんとも言えないほど気味悪い。



悪趣味ね?


その一言に尽きる。


ビルはまるで地獄の入り口の様に全てが黒なのだ。


周りがきらびやかな分、その建物が浮いて見える。



さっさと配達して帰ろう。


こんな場所に長居はごめんだわ。



今更ながら配達を申し出たことを後悔してる。




「ダメダメ..頑張らなきゃ」


一度引き受けたんだから最後までやらないとね。


気合いを入れてビルの前へと歩み出る。



するとビルの入り口に立っていたスーツ姿の男の人が私を警戒するように見据えた。




「le lacrime di la dea(レ ラクリメ デイ ラ デア)から配達に来ました。中尊寺さんの注文の料理です」


出来るだけ声を低くした。



「ああ、聞いてる。中に持っていってくれ」


と案外簡単に通された。


拍子抜けである。



「あ、はい。あ、あの俺初めてなんですけど。どこに持っていったら良いですか?」


ここで手渡せないとか困るんだよね。


中の様子まで聞いてなかったし。



「ああ。最上階だ。行けばすぐ分かる」


もう一人の人が教えてくれた。


っうか、ここで預かってよね!とも言えずに、



「はい、分かりました」


と頭を下げて自動ドアを潜った。



面倒臭い...なんなのよ、ここ。


悪態をつきながらエレベーターを目指す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る