第19話

良い思い出なんて無いと思ってたのに、数少ないママと過ごした日々が浮かんでくる。



パパを思って二人で泣いたね。


私の作ったオムライスを一緒に食べたね。


夏祭りの夜に、この部屋から花火を見たよね。




.....


........


.........



「結構、思い出があるよ、ママ」


じんわりと溢れた涙は頬を伝う。



ママ.....。



泣くのはここで封印していくから、今だけは泣かせて。



次から次へと溢れてくる涙を拭わずに暫く泣き続けた。















トントントン、ノックされたドア。


この家で離れに来るなんて一人しかいないから焦ったりはしない。



「暁ちゃん、行ってくるよ」


「うん、分かった」


「気を付けてね」


「伯父さんこそ」


ヒソヒソとドア越しに会話する。


母屋の彼女達には聞こえないように。




「パパ!暁なんて放っておいて良いから、早くいこうよ」


泉の怒鳴り声が伯父さんを呼ぶ。



「ああ、すぐ行くよ」


伯父さんは母屋に向かって返事する。




「ありがとう、伯父さん」


「幸せになっておくれ。じゃ、行ってくるよ」


顔は見えないけど、伯父さんは何時ものように眉を下げてるに違いない。



「いってらっしゃい」


そう声をかけた後、伯父さんの物だろう足音が部屋の前から遠ざかっていった。



伯父さんとも暫く会うことは無いだろう。


気の良い人だけど、気が弱くて男としては情けない人だった。



泉と伯母さんに意見も出来ずに強いたげられ続けてる伯父さんが、いつの日か威厳を取り戻すことが出来ればい良いんだけどな。




ドアを見ながらそれを願わずにはいられなかった。




暫くして聞こえてきた車のエンジン音。


車庫から車を出す音が聞こえた後、エンジン音はゆっくりと遠ざかっていった。




「さて、行きますか?」


私はリュックを背負って鞄とクマを持つ。



部屋のドアを押し開けて、もう一度振り返った。



五年間住んでいたにも関わらず寂しい部屋。


それでも大切な物は詰め込んだ物以外にも残ってる。




いつか、残ってる荷物も取りに来れたら良いな。


なんて思いながら、背を向けてドアを閉めた。



静まり返った家の中を玄関へと向かって歩き出す。

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