第16話

「暁ちゃん、西に向かうんだ」


「西?」


伯父さんの言葉に首を傾げる。



「ああ、西だ。西には漆黒の帝王が統べる大きな街がある。そこに入り込めば、余所者の珠子達は自由に動き回れなくなる。そうすれば、暁ちゃんは逃げ切る事が出来るはずだ。本当にすまない。君に苦労をかけてしまって」


そう言いきった伯父さんは顔をクシャクシャに歪めて悔しそうに目を伏せた。



「ありがとう、伯父さん。西に向かうよ」


だから、もう苦しまないでよ。



「...暁ちゃん」


「ママを、時々見に来てくださいね?」


これだけはお願いしたい。


ママが寂しい思いをしてしまうから。



「もちろんだ。君の分まで守ると約束しよう」


「ありがとう、よろしくお願いします」


伯父さんに向かって頭を下げる。


どうか...どうか、ママをお願いします。




「任せてくれ。じゃ、俺は今日の夜に珠子達を連れて出掛ける準備を整えてくる。家族三人で高級レストランにでも行こうと上手く誘導しておくから、暁ちゃんはその間に荷物を持って逃げてくれるか?」


「うん、タイミングを見計らって逃げるよ」


「気を付けるんだよ?必ず逃げ切って幸せになってくれ」


私の肩に優しく手を乗せた伯父さんは、ママと私にもう一度頭を下げて病室を出ていった。




静かになった病室。



ママと私は互いに目を合わせたまま無言で見つめ合う。



突然湧いてきた大好きなママとの別れ。


まだ実感が湧かないよ。





「暁、これでそこの棚を開けて」


ママは枕元から小さな鍵を取り出すと私に手渡した。



「うん、分かった」


鍵を受けとると鍵の掛かった棚の前に立って、鍵穴に受け取った鍵を差し入れた。



中には数枚の通帳とママの宝石箱が入っていた。



「暁名義の通帳とカードがあるでしょ?」


「これ?」


私の名前の通帳とカードが入った透明の入れ物を取り出して見せた。



「うん、それ。持っていきなさい。暫くは暮らして行けるはずよ。それと白い封筒に入ってる委任状も書いてあるでしょ?何かの助けになると思うから一緒に持っていきなさい。何をするにしても貴女が未成年のうちは親の承諾がつきまとうものだからね」


ママは私のために色んな事態を考えてくれていたんだと改めて思った。


棚に入っていた白い封筒を手に取ると中身を確認する。


弁護士が作ったと思われる委任状が入っていた。

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