第41話

「響は、及川君みたいな人はタイプじゃないの?」


「タイプとか言う以前の問題」


「どういうこと?」


「及川君って、幸せに育ってきましたって感じでしょ」


「あ、そう言われたらそうね。前に話した時に家族は仲良しだって言ってたわ」


「そんな話、いつしたの?」


そっちの方が驚きだ。



「少し前にクラス委員の仕事でプリントを運んでる時に、及川君が通りすがって運ぶのを手伝ってくれたのよ。その時にたまたまそんな話になって」


驚いた顔の私に慌てて話してくれた千里。


いや、別にそこまで必死に言わなくても良いんだけどね。



「そうなんだ。まぁ、じゃ、余計無理。愛情豊かにぬくぬく育った人と上手くやれそうにない」


自分との違いを見せられる度に、きっと私は卑屈になっていく。


あんな親の愛情なんて要らないと思っていても、自分に無いものを貰って来た人が妬ましくなる。


こんな卑屈な思いを抱えてる私が、太陽みたいに温かそうな及川君と付き合うなんて考えられない。



愛情なんて、糞だと思ってる私が、本当は一番愛情に飢えてるのかも知れない。


手に届かないそんなものに、憧れる人間の習性なのかもね。



「・・・響」


千里の瞳が心配そうに揺れている。


家族からの愛情豊かに育ってきたのは、千里もだった。


自分の失言に、バツが悪くなる。



「あ・・・千里は別だよ。友達と彼氏は違う」


言い訳とかじゃなくて、本当にこう思うから。



友達は友達だと一線を引けるけど、彼氏になってより近くなるとその線引きが難しくなる。


そうなった時に、相手の価値観を押し付けられたり、それを求められても、私には答える術がないから。



知らないモノを求められるのは、相当きつい。


中学の頃、一人だけ付き合ったことのある彼氏を不意に思い出した。



優しくて温かくて、私には勿体ないような男の子だった。


幸せな家庭で育った彼は、無邪気に私にも同じ様に愛情を求めてきた。


知らないモノを欲しいと言われても、私に返すことは出来なくて。


だんだんと気持ちが冷めていった。



今考えると、彼を本当に好きだったのかさえも疑わしいけど。


喧嘩ばかりしてる両親のいる家に帰るのが嫌だった私に付き合って、時間潰しをしてくれるような優しい子だった。


家族と言う闇を抱えていた私に似合わない人。


彼の気持ちが重くなり、返せない愛情を求められ。


辛くなって逃げ出したは私の方。




ま、そんな過去もある。


あの頃から、世の中が生きにくいと思ってたのに、今も私は生きてる。


生きることに、何の意味を見いだせないままに。

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