第39話

「おい! 女が逃げたぞ」

「追いかけろ!」

男達の怒鳴り声。


「何してるの! 早く捕まえなさい」

女性のヒステリックな叫び声。


早く足を進めなきゃと思いながら、振り返った私が見たものは、

「瞳依ちゃんを追い掛けされる訳にはいかない」

私を追い掛けようとする男達の前に立ちはだかる光輝君の勇ましい背中。


殴り合ってボロボロになってるはずなのに、彼は3人の男達に次々と拳を打ち出し行く。


光輝君···私のせいでごめん。

滲んだ涙を乱暴に腕で拭って、私は再び前を向いて駆ける。

よろけても、躓いても、ここから離れる為にがむしゃらに足を動かした。


普段から体力のない私の脚力なんて知れる。

だけど、動かずにはいられない。

息が上がって苦しくなっても胸元を押えて、体を前へと押し出した。


「もう! 役に立たない男達ね」

女性の怒鳴り声が聞こえて、カツンカツンとヒールがアスファルトを蹴る足音が響き渡る。


荒い息のまま、ちらりと振り返れば般若顔をしたまま女性が凄い勢いで私を追い掛けてきた。


駄目だ、追いつかれる。

走らなきゃ···光輝君が稼いでくれた時間を無駄にしたくない。


前を向いて、必死に走る。

スピードはそう上らないけど、立ち止まってるよりはきっとマシだ。


あと少し進めば大通りに出られる。

そしたら、なんとかなる。

この時の私は、気力だけで走ってた。


「はぁはぁ···」

激しく空気を吸ってるはずなのに、まるで身体に酸素が上手く体を回らなくて。

頭もぼんやりするし、息苦しくて堪らなかった。


「待ちなさい!」

近付いてくる女性の怒鳴り声。

だけど、もう振り返ってる余裕なんて無かった。


酸欠状態の体に、回るのは酸素じゃなくてアルコール。

保てなくなっていく意識を覚醒させるように、右手の爪を左腕に食い込ませた。


痛みでなんとか意識を保って、もう少しで大通りに出られる場所まで辿り着いたと言うのに、ここに来て足がもつれた。

ゆっくりとスローモーションの様に前屈みに倒れていく体。


ああ、ここまでか。

自嘲的な笑みが口元に現れる。

頑張ったつもりだったんだけどな。


スローモーションみたいに、近付いてくるアスファルト。

前のめりに倒れていく体を、自分ではもうどうする事も出来なかった。

顔面からぶつかったら痛いだろうな、割と冷静にそんな事が頭に浮かんだ。

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