第38話

「もたもたしてないで、女を捕まえなさい。なんの為にお金を払ったと思ってるのよ」

女性の苛ついた叫び声がスタートの合図だった。

3人の男達は一斉に襲いかかってきた。

ヒヤリと背筋に冷たいモノが流れ、じわりと掌に汗が滲んだ。


「瞳依ちゃんには手を出させない」

低い声で唸るようにそう怒鳴った光輝君は、襲いかかって来た1人を力一杯殴り飛ばした。

「うっ」だか、「うぁ」だか言う呻き声と共に男が吹き飛ぶ。


「こいつ、強いぞ」

1人の男が訝しげに眉を寄せ光輝君を睨む。

「2人がかりならなんとかなんだろうが」

もう1人の男が声高に叫ぶ。


頷きあった男達が跳び掛かってくると、

「瞳依ちゃん、ちょっと離れてて」

光輝君は少し強ばった声を出した。

私は光輝君の指示に従って、後方へと距離を取る。

近くにいて彼の足手まといになるのは困るもんね。


殴り合う2人の男と光輝君。

息もつかさない攻撃の応酬に、私は思わず息を飲む。

光輝君、強い。

かなり強いけど、このままじゃいずれ相手に押される。


向こうは殴り飛ばされた男が復活して参戦しようと駆け寄ってきてるし、3対1は光輝君が不利だ。

それでなくても、私と言うお荷物を抱えてるのに。


どうしたら···本当にどうしたらいいんだろう。

ぶつかり合う肉の音にだんだん胸が苦しくなってくる。

私の為に、光輝君がボロボロになっていく姿に涙が浮かんだ。

目の前で繰り広げられてる本物の戦い。

初めて見るそれに、ようやく恐怖を感じた。


誰か、早く来て。

この際、キングじゃなくてもいいから。

願い、光輝君を助けて。


そうだ、私逃げなきゃ、ハッと我に返る。

私がここに居なければ、光輝君は苦戦を強いられないかも知れない。

私を庇って戦う光輝君は、圧倒的に不利だよね。


急いで逃げなきゃ、そう思うのにカタカタと震える膝は上手く動いてくれない。

もう、どうしてこんな時にきちんと動いてくれないのよ。

パシッと自分の太ももを掌で叩く。


怖くなんかない、大丈夫、しっかりしろ私。

背を向けてゆっくりと駆け出そうとしたのに、体に残ったままのアルコールが、足の動きを鈍くした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る