第20話
少しして何処からやって来た女子社員が3人分の珈琲をトレーに乗せ運んでくる。
この人はごく普通の人で、ちょっとだけ安心した。
でも、テーブルの上に珈琲を置いてさっさと居なくなってしまった時は、かなり心細くなったけどね。
少しでも同じ空間にいて欲しかったと願うのは、きっと私の我儘だろう。
「初めまして、社長秘書の三村快斗です。貴女の直属の上司にあたります」
黒髪のイケメンがニコリとも笑わないまま自己紹介してくれた。
「市原瞳依です」
軽く会釈した。
挨拶されたから返しただけで、もちろんここに勤めるつもりはない。
「瞳依ちゃんって小動物みたいで可愛いだろ? 快斗」
斎賀さんが私を見ながらニコニコ話すと、
「社長、今は面接中なので暫く静かにしてもらえますか」
手厳しい一言が三村さんから発せられた。
「はいはい、了解。快斗は相変わらず固っ苦しいな」
堪えてない斎賀さんは軽い口調で笑う。
「こちらの封筒の中に、就業規則と雇用条件の書かれた書類が入っています。そちらに目を通し、一緒に入ってある契約書類にサインをお願いします」
無表情で斎賀さんを一瞥した後、三村さんはテーブルに置いた封筒を私の方へ押しやった。
どうやら、斎賀さんは無視の方向らしい。
2人の温度差に戸惑いながらも封筒を手に取って、ハッとする。
違う違う、こんなの受け取っちゃ駄目だよね。
書類まで用意してもらっておいて申し訳ないけど、私はここで働くつもりはなく。
「あ、あの」
「なんですか?」
切れ長な三村さんの目が怪訝そうに私を捉える。
電話でも脅されたけど、ハッキリ断らないとって思う。
「私、面接を受けません」
「それはどういう事ですか?」
「あの···こちらでお世話になるつもりはないんです」
三村さんから向けられる冷たい視線に萎縮しつつも、気持ちを伝えた。
「社長の話では、現在就職先を探してると言うことでしたが?」
私を見据えた三村さん。
「うんうん、そう」
私が答える前に、勝手に返事して優雅に珈琲を一口飲んだ斎賀さんは「ね? 瞳依ちゃん」と、私に向って微笑んだ。
いやいや、何を勝手に返事しちゃってるんですか。
「あの、仕事は探してますが、電話でも伝えた通り、私···こちらには」
と、言いかけた私に、
「電話でも伝えましたが、決定権は社長にあります。貴方はそれに従ってください」
三村さんは言葉を重ねてきた。
どこの暴君だよ!
だ、駄目だー! この人も話が通じないよ。
私、追い詰められてるじゃん。
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