第4話

「瞳依ちゃん、今、無職なんだって?」

カウンターの向こうから声をかけてきたのは、この居酒屋の店主で小出護こいでまもると言い、年の頃は三十代の前半で茶髪の軽いナンパ野郎に見えるが、その実しっかりとした経営者だ。


「勤めてた会社が倒産しちゃったらしいのよ」

樹は抱き着いたままの私を横目に苦笑いでそう答える。


「そりゃ、大変だな。同情するわ。この不景気じゃ俺も他人事には思えないわ」


「同情するなら仕事くれ」

すかさず店長に言えば、

「あぁ~ごめん。今はバイトの空きが無いんだよなぁ。職探し頑張ってね」

と返された。


「く、くそ~他人事じゃないか」

恨めしげに店長をねめつけた。


「まぁ、他人事だからなぁ」

アハハと笑う店長の軽いノリの口調にイラッとして溜め息を漏らした。

この居酒屋は私達のいきつけで、店長とも気心が知れるぐらいには親しいので、彼も私達に対しては気安く接してくる。


「この人はこう言う人よ」

諦めなさい、と店長に批難する目を向ける樹。


「樹ちゃんは相変わらずキツイなぁ」

頭をかきながら困った様に笑う店長だけど、いっこうにダメージを受けた気配は感じられない。


まぁ、この店長を頼ると言う選択肢は私の中でも無いから良いんだけどね。

明日からも面接の日々を頑張るしかないわ。


「店長に優しくしても何も得しないもの」

つんと顎を上げて店長を見る樹は無表情。

そんな樹を見てガハハと笑ってる店長は、通常営業だ。


「瞳依ちゃん、職探し頑張れよ」

「おっちゃん達も応援してる」

「まったく、この不景気、本当堪らんよなぁ」

「瞳依ちゃん、同情するぜ」

近くの席に座ってた常連のおじさん達が次々に声をかけてくれた。


はぁ、もぅやってらんないよ。


「よ~し! 今日は飲むぞぉ!」

もう、飲んで飲んで飲みまくって憂さ晴らししてやる。

拳を上げて叫んだ私に、すっかり酒の入ったおじさん達がやいのやいのと騒ぎ出す。


「付き合うわよ」

樹が持ち上げたグラスに、

「ありがと~!」

と返しながらカウンターの上に置かれたビールの入ったグラスを持ち上げてカチンとあてた。

そして、それを一気に飲み干してニカッと笑うと、それを合図にその場は大宴会へと突入した。


賑やかな居酒屋、賑やかな人達。

無職の私は、一時それを忘れて楽しいお酒を飽きるまで飲むのだった。


そんな私を樹が優しい目をして苦笑していたことは知らない。

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