第5話

千鳥足で、夜風に吹かれながら繁華街を抜け、自宅マンションへと向かう為に3車線の広い国道を跨ぐ大きな歩道橋を渡り始める。


樹とはさっき駅前で別れた。

彼女はほろ酔いの私を最後まで心配してくれてたけど、大丈夫だと押し切って一人で帰路についた。


「風が気持ちいいかも」

アルコールで火照った体に初夏の夜風は心地良い。

なんとなく歩道橋の中央で立ち止まる。

橋の下を走る数台の車の赤いテールランプが、残像の様に伸びるのをぼんやりと見つめた。


悲劇のヒロインになんてなるつもりはないけど、行く先が不安すぎるよ。

家賃は父親が出してくれてるから、職が無くったって家なし子になることは無いけどさ。

食べていくのに困るんだよね。

そりゃ、父親に無職になったってことを言えば援助してくれるだろうけど、そこまで頼りたくないってのが本音。

義母と父親の生活を邪魔したくないし。

高校卒業前に義母との再婚を相談され、高校卒業と同時に家を出ることを決めた。

別に結婚に反対した訳でも義母が嫌な訳でも無かった。


ただ···私の居場所がそこにないような気がしただけ。

被害妄想だと言われればそうかも知れないけどね。



横から吹く風に髪を煽られて、慌てて片手で止める。

その瞬間にふっと目に飛び込んできた路肩に停められた1台の高級車。

黒塗りのそれはいかにも危ない人が乗ってそうなそれで。

カチカチと点滅するオレンジ色のハザードランプを見て、あの車に乗ってる人だってきっと仕事してるんだろうな、なんて場違いな考えが浮かぶ。


駄目だ···どうやっても、仕事の事が浮かんでくる。

居酒屋で、同情してくれた常連客達、最後まで職を無くす私に申し訳ない顔をしてた鉄工所の社長。

同情してくれても、それで終わり。



本当さ、マジでね。

「同情するなら仕事くれぇー!」

思わず国道に向かって叫んだ。

心の声が出たのは、もう仕方ないと思う。


「いいよ。なら、仕事あげる」

聞こえるはずのない声にギョッとして、振り返る。


そこに居たのは深い青のスーツを着た茶髪の美丈夫。

キレイな二重の甘いマスクのその彼は、テレビから抜け出したかの様な容姿の持ち主で、思わず息をするのを忘れた。

男の人に綺麗だなんて言うのは違うかも知れないけど、綺麗だとしか言えないよ。


は、恥ずかしい。

誰かに聞かれるなんて思ってもなかったのに。

と言うか、この人誰なの?

私とは別の世界に生きる人だ言うのは、彼の纏う空気で分かるけど。

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