まるで壁のネズミだよ

 当日。パーティーは夕刻からなのに、オレは昼過ぎからメイド服女たちに風呂とかいうものに入れられ、全身をくまなく洗われ、香油などというたいそうなもんを塗りたくられた。


 確かに悪い匂いではないが、意味あんのか? 


 そして、昨晩結局よく眠れなかったオレは目の下にくっきりできたクマを隠すためにかなり厚化粧を母さんからされ、コルセットでこれでもかというほどウエストを締め上げられてドレスを着せられた。


「おお、エレナちゃん! ビューティフォ! 世界で一番綺麗だよ!」


 オヤジはオレの姿にメロメロになってるけど、この化粧、ほんとに流行ってんのか? 


「ねーちゃん、それ胸は自前?」


 と言ってきたレオンを殴る。自前だ馬鹿野郎。


「帰りは歩いて帰ってくるのよ」


 と母さん。


「こんな高いかかとの靴で歩けって? 鬼だな」

「仕方ないでしょう。送る馬車のレンタル代しか出せなかったのよ」

「頑張れ、ねーちゃん」

「頼んだよ、エレナちゃん」

「手ぶらじゃ許さないわよ」


 三人に言われ、はいはいと受け流しながら慣れない馬車に乗り込む。


 かくしてオレは人生で初めてパーティーとやらで社交界デビューを果たすことになった。(オヤジたちがどんな手を使って参加できるようにしたかは謎のままだ)




 馬車を降り、とんでもなくでかい邸宅のパーティーホールに案内されて、オレはもうすでに帰りたくなった。豪華なクリスタルのシャンデリアが照らすホールにいる女たちはオレとはレベルが違った。女のオレでさえ美しいと見惚れるような容姿。ドレス。宝飾。

 そんな女たちはオレがホールに足を踏み入れたとたん、一斉にオレを見た。そして扇で口元を隠しながらくすくすと笑った。オレはカっと頬が熱くなるのを感じた。


 何が容姿がいいほう? まったく話にならねーじゃねーか! オレとあの女たちを比べたら月とすっぽんどころか月と地面の石ころぐらいの差だ。


 この場にいるのがいたたまれない。それでもとりあえずベイカー公だっけ? 挨拶ぐらいはしないとな。とあたりを見回し、左端の高いところに座ってる偉そうなオヤジとその隣の年齢不詳の女の前に進み出た。


「お、お招きいただき光栄だ、で、ございます。ベイカー公」


 えっとこういうときはスカートの両端をつまんでお辞儀するんだよな? よくわからないけれどオレなりに丁寧に挨拶をした。


「おお。そなたは……」


 偉そうなオヤジが口ごもると隣に控えていた男がオヤジに何か耳打ちした。


「そうだった。エレナ嬢だったな。よく来られた。初めてでは慣れないであろうが、ゆっくり楽しんでいくがよい」


 ベイカー公の言葉にまた女たちがくすくすと笑った。


 オレはもう一度お辞儀して屈辱に耐えながらさがった。こうなりゃ壁の花、もとい壁のネズミにでもなるしかない。オレはホールの一番端っこまでさがって、壁に背をつけて立った。給仕の男がグラスを持ってきたが、明らかに酒の匂いがするので、


「悪いが、水はねぇでございますか?」


 と声を潜めていうと、男は少し眉を寄せたが、


「承知しました」


 と言ってさがった。そしてすぐによく冷えた水を持ってきた。


 偉ぶったオヤジの長い挨拶のあと、オレは壁の前でどう逃げ出そうか考えていた。幸いホール端から数段降りると庭が広がっている。あの庭から外に出られねぇかな。

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