第88話

倭が家に帰ってこない…。

この数日間、おばさんに頼んで倭の部屋に待たせてもらった。

おばさん聞いても、夜は帰ってきてないらしい。それでも電話は繋がると言っていた。


清光高校に行けば、3年生の人が「──…倭さんは?」と言っていた。つまりは、そういう事だ。倭はそういう地位になったのだ。


まだ、火傷が治っていないのに…。

薬も、部屋に置いたまま……。


その日の週、私は新しいスマホを買ってもらった。バックアップしていた中学時代の倭を待ち受けにする。


新しいスマホで、倭に電話をかけてみた。

やっぱり、倭は電話に出なかった。





倭を学校の中で捕まえたのは、7月に入った頃だった。珍しく、倭が自分の教室の中にいた。机にうつ伏せになり、眠っている倭の半袖のそこから火傷のあとが見えた。


背中は見えない…。



「……やまと」



声をかけた。ぴくりと反応した倭は、顔を起こす。その顔は、あまり見たくない顔だった。

私が話しかけたことにイラついたらしい、すぐに眉を寄せ、立ち上がった倭は私から離れようと教室から出ていこうとする…。


やまと、と、追いかけても、私を無視する倭…。



「まって、まって、倭…」



追いかけることで、他の生徒たちがチラチラと見てくる。倭の右腕を掴めば、倭はやっとふりかえってくれた。

それでも、怪訝な顔をしている。



「……しつけぇな」



私に向かって、低い声を出す。



「倭…おばさん心配してるよ…」



チラチラ見てくる生徒はいるけど、きっと声は聞こえてない…。



「せなか、…まだ治ってないよね…」


「……」


「倭、私言う…。倭に内緒にしてたこと、全部言うから……」


「……」


「私…亜貴さんに、橋本薫に抱かれて…山本聖の女の護衛の数探ってこいって…。それを失敗して怒られたの…」


「……」


「言うから…、全部。だから話聞いて…」


「……」


「お願いだから聞いて……」



泣きそうになれば、倭が無理矢理私の手を離し、また離れようとして。


それでも追いかけた。


引き止めたくて、倭の背中を抱きしめたかった。それでも背中を抱きしめられない。



追いかけてる間に、人気のない場所に来た。やっと振り向いた倭の顔は、怖いまま。



「俺が晃貴と敵対関係なったから?」


「……違う」


「じゃあなんで今更、舐めてんのかよ?」


「もう倭とこれ以上離れたくないから…」


「は?」


「家に帰ろうよ、薬も塗らなきゃ…」


「……」


「……ちゃんと、償う、一生…。倭と一緒にいたい、…お願い…」


「償うってなんだよ」



倭が、鼻で笑った。



「そういうつもりで庇ったんじゃねぇよ」


「……やまと、そうじゃない、わかってるよ、…」


「何してくれんの、一生って」


「…やまと…」


「ずっと薬塗って?それから?」


「…聞いて、お願いだから…」

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