第80話

「倭、お大事にな」



そういった徹とドラッグストアで別れた。

倭の部屋に戻れば、倭は背中を上に向けて眠っていた。

倭の体は痛さもそうだけど、酷く痒みがあるようで薬がないと眠れない。


だから倭を起こしてはいけないと思って、1回家に帰って、また夕方薬を塗る時に来ようとした時だった。




私のスマホが鳴ったのは。

私のスマホが鳴るのは難しく…。

その画面を見て、思わず体が固まった。



足が震えたけど、本気で殺意が芽生えたけど…、この人の名前を見ると〝恐怖〟が勝ってしまう。



それでも目の前にいれば、きっと包丁を突きつけていただろう。

よくも倭を…って。

それでも怖くて何も出来ないかもしれない。




倭と、私の家の間で電話を繋げた。



『…──なに、出れたんだ』



だけど彼のバカにしたような笑い声を聞いた時、この人を殺せると思った。

今からでもガスバーナーを使って燃やしたい…。



「……何の用ですか」



喋れないと思った。

自分でも驚くほど声が低かった。



『いや、謝ろうと思ってな』



謝る?なにを?


肩が震えた。

怖くてじゃない、怒りで体が震えた。




「っ、バカにしてるんですか!!!!!!」




言った後、ハアハアと息が荒くなって。

その反動でポロポロと涙が流れた。



『謝る気無かったんだけどな、ちょっと事情が変わって』



謝る気が無かった?

ほんと、バカにして…!!!



「ふざけないで…」


『泣くなよ、いまお前慰めてる時間ねぇから』



見えていないくせに、そう言ってくる男を殺したい…。


クスクスと笑い声が聞こえ、

怒りでどうにかなりそうだった。


その笑い声は、少しずつ小さくなる。

そしてその笑い声が止まり、沈黙が流れた刹那だった。



『綾が捕まった』



その声が聞こえたのは。

笑い声ではなく、低い声。

その言葉を理解するのに、暫く時間がかかった。



「え…?」



捕まった?

誰に?



『ラリって女抱いてる時、サツに捕まったわ』



詳しく言われても、言葉が出ない。


警察…?

薬物をしていた男…。

捕まった…?



『しばらくは出てこれねぇから、』



しばらくは出てこれない?

逮捕されたから…。




……綾が?

なんで……。



『綾がいねぇともう俺が清光にいる意味ねぇし』


「……」


『…やめるから、』



やめる…

なにを、

どこを……。


なにをやめるの…。



『……悪かったな』


「……まって、」



悪かった…


その意味は…。



『お前に忠告する、絶対倭から目ェ離すなよ。…つか、倭を育てた俺が何言ってるって話だけど』


「どういう、意味か、」


『倭は俺と似てる。前に、言ったことあるだろ』


「……」


『俺も昔、綾を助けるために背中燃やされたからな』


「……」


『守りたいっていう気持ちだけじゃ、守らねぇもんもあるって気付かされた。倭はそれを知らなかった。だからそれを教えた』


「……」


『そんな男に…、俺みたいに綾以外非道な人間になってほしくねぇなら…ちゃんとお前が見とけ』


「……意味が、わかりません、」


『もうお前の前に現れない、明日は俺と綾が学校やめたっつー話題ばっかだろうな。…ああ、将輝もか』




やめた…


学校を。



『……悪かったな』


「……学校、やめるんですか、」


『ああ、別に普通だろ、退学なんか。お前も俺がいなくなって嬉しいだろ』


「………」


『倭が庇うって分かってた、お前を燃やす気はなかったよ』




それを最後に電話が切れた。


もうスマホに、亜貴から電話がかかってくることは無く…。





この電話を境に、亜貴が私の前に、二度と現れることはなかった。

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