第74話

カチ、っとガスとバーナーが繋がる音がした。

その音に私は目を開けて亜貴を睨みつけた。

でも、亜貴と目が合うことは無かった。

ガスバーナーが私の顔に向けられていて、それが邪魔で亜貴の顔が見れなかった。



亜貴の中で、私は道具。

なんでも使えるコマ。




戸惑ったり、悩む動作もなかった。

当たり前にその人は人差し指で、ガスバーナーをおした。



それを見て、もう1度、瞳を閉じた。



しゅっ、と、空気が変わる音が聞こえた瞬間、熱さが顔を襲った。



その瞬間、勢いよく、私の体が2歩ほど下がった。驚き、目を見開く。



勢いが良すぎて転びそうになった私の体は、後ろにいた彼により転ばずにすみ。




何が起こったか分からなかった、青いような透明な火は見えていた。

熱さも感じた。

顔に当たったと思った。

燃えたと思った。


──…ううん、燃えた。

チリチリ、って、私の髪から音がした。

私の体から聞こえたのは、チリチリとした音だけ。



けれども音よりも、焦げたような、嫌な嘔吐えずくろうな匂いに、今起こったことが嫌でも分かり。



火の音が消えたと思えば、私は後ろにいた男に引きずられてついて行くように、床に尻もちをつけた。



私の頭に回る力強い腕。



彼の着ていたカッターシャツが、腕から無くなっていた。露出した皮膚の左腕からは、未だに嫌な匂いと、ユラユラと白い煙が出ていた…。



未だにカッターシャツには火がついていて、気が動転している中、私は泣きながらこれ以上火が回らないように、咄嗟に手のひらでおさえた。



声が出なかった。



熱い火から、自らの腕で咄嗟に私の顔を守った倭は、強く私を抱きしめたまま。



「…っ……」



倭の苦しそうな噛み締める声が聞こえ、やっとこの状況が理解でき、「……やまと、ッ…!!」と叫び声を出した。



倭が私を庇った。

嫌でもわかる。


みず、みず、

冷やさないと、

倭の腕が、腕が腕がッ……




「倭、お前は俺に似てるよ」



しゃがみこむ私たちを、亜貴は見下ろす。

私を抱きしめたまま、倭は下から亜貴を荒い息をしながら睨みつけた。


額からは汗が流れていた。



「昔の俺に。守りたいもんがあるくせに、非道になれなかった時と」


「…っ、…なんで、こいつの顔っ…」


「なんで?証拠隠滅だろ。橋本薫に近づけって言ったのにヘマしたから。なあ?」


「や、やまと、…ッ離して、やまと…ッ」


「──っ、なんで襲った!!!」


「倭、お前のことは気に入ってたんだけどな」



倭の体が、震えてる。

なのに痛いくらい私の体を抱きしめる。



「俺に歯向かう奴はいらない」



また、ガスバーナーを向けられ。

今度は冷たく見下ろす亜貴と目が合った。


だけど、倭の腕の力が強くなったと思えば、私から亜貴の姿が見えなくなった。


私の顔は、倭の胸元に埋められていた…。



「ガス無くなったら、奏乃ちゃんの顔燃やさないでやるよ。…お前がもてばの話だけど」



空気が燃える…。

倭が痛いぐらい、私を抱きしめる…。

泣いて泣いて、必死に暴れて倭から離れようとしてるのに、倭は苦しむ声を出しながら絶対に私を離さない…。



肉が焼ける、また嘔吐く匂いがして、泣きじゃくっていっぱい叫んでるのに、倭は離さない、離してくれない…。



「やめて…ッやめて、やめてくださいッ!! やめて、やめて!!」




何秒、10秒、──…昨日、買ったばかりの新品。



ガスが無くなるはずが無い…。



ずっと泣いた、叫んだ、それでも倭は離さない…。



火が消えたのは、第三者が視聴覚室に現れた時だった。「──っ、亜貴さん!!」と、誰が来た。


舌打ちをした亜貴が、火を消し、「あ?」と低い声を出した。


──…倭の汗が、降ってくる。

「やまと、やまと、」と声をかけても、倭からの返事はない。それでも倭は私を離さない…。

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