第70話

「──違います!」



もうバレてる…。

私はどうなるんだろう。

このまま連れていかれるのだろうか。



「俺が狙いっていうなら、今だったら君のこと逃がせる。聖たちにも言わない。けど聖の彼女っていうなら話は別」



逃がせる…



「違う…」


「もう君の顔も覚えたし」


「……違います、わたし、」


「違うなら──…」




亜貴に首を絞められたことを思い出す。

ここで逃げても、失敗すれば…

亜貴は私を許さないだろう。



そう思って、「本当に好きなんです」と言おうとした刹那だった。



「薫」と、その男が現れたのは。

顔は見てなかった。

声だけしか聞こえたなかった。

けれどもイヤでも聞いた事のある声に、私はベンチから飛び上がった。



「誰だよそいつ」


「ああ、お客さん。ちょっと体調崩したみたいで…。お前こそなんで?」


「昨日、行くって言っただろ」



橋本薫が、その男に嘘をついていた。

恐る恐る顔を向ければ、見た事のある鋭い目に私は自分の口元をおさえた。



長身に、黒い髪に、鋭い目。

今思えば違うのに。

その時の私は、亜貴のことを思い出してたから。




「──……あ、や、さん…」



泳いだ目で、そう呟いてしまった。



その瞬間だった、鋭い目が、私に向けられたのは。



「良!」



焦ったような橋本薫が、咄嗟にその男を捕まえる。



「今なんつった?」



違う、高島綾じゃない。

似ているこの男は、この男は…。





弟の、高島良……。

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