第69話
店を見ていると、混み始める時間だったようで、その人は小一時間ほど店から出てこなかった。
逃げたい気持ちを我慢しながら待っていると、少し小走りで店から出てきた橋本薫は、私の姿を見つけ、一瞬立ち止まったけど、もう一度足を進めてきた。
さっきまでエプロンを付けていたのに、今はそれがなく。
「ごめん、店が混んでて…」
カウンター越しではない対面同士は、先程よりも彼の体が大きく感じた。
「いえ…」
「…話って?」
話…。
「ごめんなさい…店が混んでるのに…」
「いや、それはいいんだけど…」
「……わたし、」
「うん」
「あなたのこと、好きで…」
喋るのをやめた彼。
「それを伝えに来ました…」
嘘を、俯気加減で伝えれば、その人は「それは、」と声を出し。
「俺を好きっていう認識でいい?」
「…はい」
「君が?」
「…そうです」
「もう1回聞くけど、俺の事好きなんだよね?」
「……」
何回聞くんだろう、
それほど、驚いたのだろうか?
そう思って恐る恐る顔を上げれば、少し目を細めた彼と目が合った。
「…ちょっと喋ろうか、1回店に戻るからそこで待ってて」
そこと言われたのは、弁当屋さんの横に設置してある自動販売機の横のベンチだった。
言われた通りにそこに座っていると、「どうぞ」と橋本薫にお茶のペットボトルを渡された。
どうやら店の中に、お茶を取ってきてくれたらしく。
「ありがとうございます……」
「待たせたお詫びだから」
私が勝手に待っていたのに…。
橋本薫がベンチに座れば、ギシ、と音が鳴った。
「…ごめん、俺彼女いるから。傷つけるって分かってるけどそういう返事しかできない」
座ってすぐ、そう言った男。
「知ってます…、彼女がいること」
「知ってる?」
「…はい、あの、それでもいいって思ってて…」
「それでも?」
「…はい」
「それはどういう意味で言ってる?」
どういう意味?
亜貴の言葉は『抱かれてこい』。
目的は『山本聖の女の護衛が少なくなる時間』を調べること。
「彼女さんと、遠距離だと聞いて…」
亜貴に聞いた橋本薫の情報を伝える。
「うん」
「1回だけでいいんです…」
「……」
「橋本さんと関係を持ちたいです…」
「その関係っていうのは、体ってこと?」
「……はい」
軽く、息をついたその人。
「悪いけど、遠距離だから1回の意味が分からないし。体の関係って言われても本当に彼女が好きだからありえない。正直、彼女を不安にさせたくないからこうして喋ってるのも実際イヤなんだよ」
「…すみません……」
「俺も好きになる気持ちは分かるし、好意を寄せられて嬉しい気持ちはあるけど、絶対に彼女を裏切りたくないから君と関係を持つことはない」
「でも、好きなんです…」
「うん」
「本当に1回でいいんです…」
「あのさ?」
泣きそうだった。
なんで私、好きでもない人に好きだって言ってるんだろう。自ら抱かれようとしてるんだろう。
倭のため、
女の子が襲われることが当たり前な清光を作らないために……。
私は倭に「好き」って言いたいのに……。
「本当に君は、俺の事好きなんだよね?」
困ったように、俯く私を見る橋本薫は、「俺も、そういうのだいたい分かるよ」と、よく分からないことを言った。
「君は俺の事好きじゃないと思う」
「…え?」
「ずっと泣きそうな顔してる、店に入ってきてからずっと」
そんな事ない、
私は、泣きそうな顔をこの人に見せてない。
「俺もそういう立ち位置だから分かる」
分かる?
「いやいや俺へ好きだって言わされてることぐらい」
言わされている…。
「もしかして脅されてる?俺に近づけって言われた?」
「ち、違います…」
「違う?」
「違います…ほんとうに、」
好きで…。
そう言おうとしたのに、言葉が出なかった。
「誰に言われて来た?」
もう、確信してるのかもしれない…。
「教えて欲しい、言って君が危険っていうなら保護するし」
「…違います…」
「だいたい分かるよ」
「…違います…ほんとに」
「狙いは聖の彼女?」
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