第51話

ほぼ意識が飛んでいた。

というよりも、酸素不足で目眩が酷く。

視界が白でぼやけていた。

抱くよりも、笑いながらその息苦しい苦痛行為を続ける男の手が弱まり肩で息を吸っていた時、



「──お邪魔だった?」



まるでこの状況を楽しむような、男の声が聞こえた。


この視聴覚室には、私と亜貴しかいないはずだった。まだ抱かれていない私は視界がぼやける中、その声のした方へ顔を向けた。


酸素不足で白いモヤがかかっているのではなくて、涙で見えにくいというのもあったらしい。

涙が流れて、さっきよりも見えやすくなった。



それでも、まだ息苦しくて、誰がいるのか分からない…。


「っ、」と、顔を歪ませれば、音を立てて私の首からネクタイが離れ、「いいや?」と、亜貴の声が聞こえた。



「お楽しみ中だったみたいだけど?」


「そうでもない」


「ふうん」



足音がする、誰かが私の方に近づいてるらしい。


だれ……。


だれなの。



「何の用だ、将輝」



まさき…?

将輝って、

…将輝ってまさか、あの、

将輝派の……。

私を…廻した将輝派……。



「いや、またあとにする。途中で邪魔しない主義だからな」



途中で邪魔しない…

机の上で押し付けられている私を、上から見下した将輝という男…。



目の前にいる、穂高の兄の敵では…。




私の顔を見て笑った男は、その視聴覚室から出ようとしたけど、「…──おい、」と、低い声で呼び止められ、将輝の足は止まる。




「あ?」


「お前、綾に売ってるらしいな」


「なにを?」


「…今すぐやめろ」


「なんのことだよ?」



口角をあげ、笑みを浮かべる将輝に、鋭い目を向けたのは亜貴で。



「あいつにクスリを売るなって言ってる」


「ああ、あいつ、買ってんの?俺んとこから」



私から離れ、将輝、という男に近づく亜貴は「…掟破りだろ」と低く言う。




──掟破り…。




「何が。俺は別に高島綾を殴っちゃいないし」


「俺んとこのチームに手ぇ出すなって言ってんだよ」


「来たのは高島綾だろ?」


「…」


「つーか元々、あいつにクスリを教えたのは俺じゃないしな」


「…将輝」


「お前、高島綾の事で俺らのとこ潰そうと必死みたいだけど」


「…」


「俺が潰れたら売人がいなくなって、困るのはあいつだし。高島は俺ら側につくかもよ?」


「させねーよ、あいつは俺のだ」


「高島を助けるためには、自分の弟も使うってか?」


「…」


「あいつ、守る価値あんの?自分の弟を殺そうとしたのに」


「何も知らねぇお前が綾のこと悪く言ってんじゃねぇよ」



ふ、と、鼻で笑った将輝は、「──そこの女の子、」と、まだ寝そべっている私を見つめ。


けど、将輝から私の顔を隠すように、というよりも、庇うように私に背中を向けた亜貴。







「…いつでも、俺のところにおいでね。待ってるから」




将輝の最後の言葉は、間違いなく私に言っていた。

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