第35話

倭は険しい顔をして、一瞬黙り込むと、「…奏乃」と声のトーンを低くし落ち着いた表情で私を見下ろした。



「お前がこっち来たら意味ねぇだろ…」



小さく呟いた倭の言葉の意味が、分からない…。



「やまと…」


「……晃貴も、来るって聞いたんだけど…」


「…」


「お前…、まさか晃貴が行くからって言わないよな?」



倭は私の腕にふれる。


いつの間にか背が高くなった倭が、私の顔を覗き込む…。


自然と顔が下に向き、倭の顔を見ないようにすれば、もう片方の腕が私の顔に伸びてきた。



顔には触れず、私の長い髪を、ゆっくりと指先で退かす。その手は昔とは違い、古傷のようなものが増えていた…。



「奏乃?」



名前を呼ばれ、上を向く…。


ふいに、倭の指先が頬をかすめた。



「好きなのか? 晃貴のこと…」



好きじゃないよ。

好きなのは、倭だよ。

私は1回も、穂高を好きって言ったことない…。



「倭…いつの間にか呼び捨てなんだね、〝穂高〟って呼んでたのに…」


「好きなのか? だから同じ学校にしたのか?」


「……違うよって言ったら、倭は信じてくれるの?」


「…」


「…信じてくれないでしょ」


「その…」


「離して」


「大事なんだよお前が…。頼むから清光だけには来んな」



大事だから?

大事だからなに…?


大事だから、

どうして倭は清光高校に行くの…?

その理由は?



「大事だから、電話にも出ないの?私の事も避けるの?」


「…」


「大事ってなに…」


「…」


「大事にする事が、電話に出ないことにも繋がるの?」


「…」


「…私、倭が電話に出ないっていう〝大事〟の時、…酷いことされたんだよ」


「…え?」



思い出したくもなく、倭の手を払おうとすれば、「…どういう意味だよ…」と、今度は肩を掴まれる。



男特有の力…。




「…電話に出てほしかった」


「お前、なに…」




頬に冷たい涙が流れた。

それを見た倭は驚いたように目を見開き、「その…」とその涙を拾うとして…。




「今の倭は、大っ嫌い…──」




でも、私の言葉によってその指は止まる…。

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