親友の抜け駆けに
三年生になり、山村先生がクラス担任になった。そして、山村先生と目が合う日が増えた。
「美彩〜」
放課後、教科書類をバッグに仕舞っていると愛莉が机の前にやってきた。
「何?」
私は古文のノートだけはバッグに入れずに手にして、愛莉を見つめる。私より背の低い愛莉が上目遣いで私を見た。
「美彩、また質問?」
「え? うん。どうかしたの? 愛莉」
「あのね、ちょっとだけ時間いい?」
なんだろう。
愛莉は教室にいた一人の男子を連れてきた。確か、西川君、だっけ。
「私たちね、付き合ってるんだ〜。美彩には報告したくて」
いつもより幸せそうな声の愛莉。そして、照れたように笑う西川君。
ドクンと心臓が鳴った。
「そ、そうなんだ〜。いつの間に?」
「三年生になってすぐ。だって、美彩、質問ばっかり行って話聞いてくれなかったじゃん。私ずっと西川君が好きだったんだよ」
初耳だった。
「ごめん。そうだったんだ? えっと、よかったね。西川君、愛莉のことよろしくね」
「はい」
幸せそうに見つめ合う愛莉と西川君を見てるとなんだか胸がざわついた。
「美彩ってば、山村先生にしか興味ないんだもん。仕方ないかあ」
愛莉の言葉に私は頬が熱くなるのを感じた。
「違うよ! 私は古文が好きなだけで、先生のことはなんとも!」
親友だと思ってたのに、私は愛莉のことをあまりにも知らないし、愛莉も私のことを分かってないことに愕然とした。
「そんな照れなくていいのに〜」
「そんなんじゃないんだって!」
私、何か間違ってた? 古文にばかり時間割いて、大事なこと見落としてた?
私だって普通に恋したいし、彼氏欲しいのに。もう受験生になっちゃったよ。
「美彩?」
「お幸せにね!」
私は古文のノート左手に、右手にバッグを持って職員室へと駆け出した。
愛莉を祝福しなければいけないのに、先を越されたという嫌な気持ちが渦巻いている。
「失礼します!」
職員室をズカズカと縦断して、いつもの小部屋に向かう。勢いよくドアを開けると、山村先生だけがいた。
「中川? どう、した?」
「え?」
「何かあったのか?」
山村先生は驚いたように私を見つめ、座っていたソファーから立ち上がった。
「え、何も」
山村先生は私に近寄り、温かい手で私の頬に触れた。山村先生の親指が私の目元を拭うように優しくなぞった。
「泣いているじゃないか」
遠慮がちな山村先生の声。
私、泣いてるの?
「ハンカチがなくて、すまない」
山村先生は私の肩をそっと抱いて、自分の胸に押し付けた。
「俺の胸でよければ使いなさい」
間違っている気がする。
私の心も。山村先生の対応も。
「他の先生が来る前に泣き止んでくれ」
私は山村先生のワイシャツに顔を埋めた。クリーニングに出されたワイシャツは独特の香りがする。
「先生が私の彼氏だったらよかったのにな」
これは違う。本音じゃない。こんな時に言うことではない。分かってる。
ただ、私は愛莉に嫉妬してるからこんなことを言ってしまった。分かってる。
「そうだな……。中川の彼氏にだったらなってもいい」
山村先生の掠れた声が聞こえた。
嘘! 先生は女子高生なんか好きにならないし、そんなの許されない。
それに、私は山村先生を好きなんじゃない。
こんなところ誰かに見られたらまた誤解される。
「先生……涙止まった」
「そうか。良かった」
山村先生はゆっくりと私から身を離した。
「ふは。ワイシャツぐしょぐしょ」
「ごめんなさい……」
「気にするな。それで?」
夕陽で橙色に染まる部屋。山村先生の表情は影になって分からないけれど、耳が部屋よりも赤く染まってるのが見えた。
「……先生、古文の質問してもいいですか?」
「古文?」
山村先生が戸惑うように言い返す。
私は罪悪感が胸の中に広がっていくのを隠すように頷いた。
「……どうぞ」
山村先生の声はいつもと違って残念そうだった。
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