贔屓はよくないと思うけれど

 高校二年三学期の期末テストの結果はいつも通り古文だけが飛び抜けてよかった。

 答案の右端を確認する。

 山村先生からメッセージが書かれるようになったのはいつからだっけ。

 今回は96という数字の隣に「努力の結果」と書いてあった。

 みんなに書いてるのかなと思い、愛莉に以前それとなく聞いてみたことがある。

「えー? いちいち先生たち書いてる暇なんかないでしょ」

 と返され、私は自分が書かれてることを伏せた。

 教師が特定の生徒を贔屓ひいきするのはよくないとは思っている。聖職なのだからより公平であって欲しいと思う。でも、自分は山村先生に贔屓されているのがなんとなくわかっている。毎日質問にくる生徒を憎く思うはずないのだから仕方ないのかもしれない。贔屓される側にいるからか、悪い気がしない自分がいる。矛盾していると思う。

 

 授業が終わると、いつものようにクラスの女子の一部が山村先生を囲んでわいわい言っていた。同い年の男子が幼く見えるのか、もしくは本気で山村先生が好きなもいるのか。分からないけれど、私はそんな光景をぼんやりと他人事のように見るだけだ。教師が女子高生に本気になるわけないじゃんと思いながら。

 あ。

 山村先生がこちらを見た。

 明らかに困った顔。

 いつものお返しに助けようかな。

 私は席を立った。

「先生、この『瀬を早み』の歌ですが……」

 私の言葉に山村先生を取り巻いていた女子が一斉に私を振り返り嫌な顔をした。山村先生は逆に笑んだ目で私を見た。

「おお、中川、なんだ?」

「ちょっと、中川さん、それ今じゃないとダメなの?」

 いつも山村先生にくっついてる村田さんが言った。背が高くてすらっとしたモデル体型の女子だ。

 逆に貴女たちは今じゃないとダメなの? と言いたい。

「こらこら村田、そんなふうに言うもんじゃない。中川、職員室まで歩きながらでいいか?」

 山村先生と廊下に出る時、村田さんの目が怖かった。彼女は本気で山村先生が好きなのかも。

「ん? それで? その和歌がどうした?」

「どうもしませんよ。先生困ってたみたいだったから」

「助けてくれたのか?」

「まあ、はい」

 廊下から階段を下りる時、温かくて大きなものが頭に触れた。山村先生の手だと気付いて驚いた。辺りに生徒はいなかったからいいものの、こういうのはどうなんだろう。

 困惑していると、

「ありがとな。助かった」

 頬をやや赤く染めた山村先生が私に微笑みかけた。

「いえ。いつも質問に答えてもらっているのでお返しです。私、戻ります」

 私は慌てて教室の方へ引き返す。

「今日も質問待ってるな」

 後ろから山村先生の声がした。

 やっぱりこれは特別扱いだと思う。

 撫でられた頭がどくどくと脈打った。



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