第93話

「……ゆきさん……」



私の企画案を聞いたストーカーは、へなへなと地面に座り込み、急に泣き始めた。



「ごめんなさい……! ごめんなさいゆきさん! 本当は、こんなことしちゃだめだって分かってたけど、気持ちが暴走してしまったんです……僕は、ガチ恋オタク失格だ……ゆきさんの気持ち、何も考えてなかった」



初めて謝罪の言葉が聞けた。琉偉や私の言うことに、まだ耳を貸せる理性が残っていたのは良かった。



そうこうしているうちに警察が来て、ストーカーは連れられていった。




最後に、



「ゆきさん、僕、自分を躾けます。ちゃんとゆきさんを正しく推せるように。そしたら今度はちゃんと純粋に、ゆきさんのことを応援させてください。ゆきさんがもう一度演技をやるの、楽しみにしています」



という言葉を残して。




不可解な発言だった。私は過去に演技をしていたことを配信などでは名言していないから。


そして、ストーカーが所属しているのが演劇サークルであったことをふと思い出す。


……ああ、そうか。もしかしたら、彼もどこかのオーディションにいたのかもしれない。だとしたら私がゆきとして活動を始める前からの知り合いだ。そりゃあ大学で再会したら運命だと思うだろう。


オーディションに積極的に参加していた時の私を知る人物から言われた、“楽しみにしています”。


期待を裏切らないわけにはいかない。





 :




警察から事情を聞かれた後、外は暗くなっていた。


琉偉は最初に病院に連れて行かれレントゲンまで撮られたらしいが、なんと骨に異常はなかったという。奇跡的に外側に怪我を負っただけで済んだのだ。俳優の琉偉にとっては外見が商売道具なので致命的だが、それでも体を問題なく動かせる状態であることにほっとした。



「琉偉、明日の仕事は大丈夫ですか?」


「うん。顔はメイクで、体は服で隠せば後は何とかなるよ」



警察署の廊下の椅子に二人で座っていると藤井さんが現れて聞いてきたので、琉偉がこの通り元気! と腕をぶんぶん振り回す。


藤井さんは苦笑して、「雪さんも今日はゆっくり休んでください。ショックな出来事だったでしょう」と気遣うように声をかけてきた。



「……いえ。行き過ぎた好意が歪みやすいことは、この活動を何年もしてきて分かっていたことですから」



私は首を横に振る。


おそらくあのストーカーのような感情を私に抱いているオタクは他にもいるだろう。大抵は画面越しにしか私に会えず、住所も大学も知らない奴らだから無害であるというだけで。



「だから琉偉が好きっていうのもあるんです」



琉偉は私と直接会えてもあんな風に暴走したりしなかった。その安心と信頼がある。


それを聞いた藤井さんは微笑み、「では、僕はこれで」と言って私たちを二人にさせるかのように立ち去っていった。



「ゆきちゃん、怖かったら強がらなくてもいいんだからね? 俺、仕事休んででも一緒にいるし」


「ううん。今はもう本当に怖くない。車の中にいる時はどうしようって焦ったけど、私がいなくなったら玲美とか空斗とか琉偉とか、頼もしい人たちが助けに来てくれるって分かったから」



今はどっちかって言うと、走行中の車に足で追いついた琉偉の方が怖い。



「……琉偉、色々と本当にありがとう。私やっぱりあんたのことが好き」



そう言って琉偉の手を握ると、琉偉がもう片方の手で自分の顔を覆った。



「なんっでそんな可愛いこと言うの…………反則だよ、ゆきちゃん。俺もっとゆきちゃんのこと大好きになっちゃうじゃん」


「それは怖いな……。ある程度のところで抑えてほしいかも」


「無理だよ。俺の愛受け止めて?」


「お前の愛で押し潰されそうだよ」



琉偉と話していると自然と笑ってしまう。


ああ、やっぱり私、こいつが好きなんだなあ。



「そうそう、FamMomのアカウントも閉鎖するから、【養いプラン】から抜けてね。あんたも」


「えっ……」



ちょっと残念そうにする琉偉。

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