第89話
玲美の方の音声がミュートにされてからしばらくして、ストーカーが戻ってきた。
ストーカーは運転席に座ると何も言わず車を発進させる。そして、高速道路に出てから語り始める。
「ゆきさん、少し僕の話をさせてください」
聞いてない、と言いたいところだったが、こいつのヤバい発言は全て録音してもらっておいた方がいいと思い黙った。
「僕はバイト代で金払ってFamMomのプランにも入って、ゆきさんに定期的に貢ぎ続けてきた。ゆきさんはそこらのグラビアアイドルよりもえっちでキラキラ輝いていて年齢も近くて僕の生きがいだった。――ゆきさんと同じ大学だと知った時、運命だと思った。神様の導きだとね」
やっていることも言っていることも琉偉と大体一緒なのに、こいつの発言には嫌悪感を覚えてしまうのは何故だろう。
「諦めようと思ったんです。あのクリスマスイブ、ゆきさんにフラれてから。ゆきさんはアイドルなのだから、僕が独り占めするなんておこがましいと自分を納得させた。でもゆきさんは大学で他の異性と仲良くし始めた。どうして僕じゃ駄目だったんですか? 身近な異性でもいいのなら、僕でよかったのに……ッ!!」
私が空斗と仲良くし始めたことがこいつにとっての地雷だったらしい。
「ゆきさんは悪魔だ! 返してくださいよ、僕のお金!!」
ストーカーが突然声を荒げる。
「ゆきさんに何万かけたと思ってるんですか! 僕は一途に追い続けたのに……! ゆきさんは僕を拒絶して、他の男と仲良くし始めた! 空斗先輩に向ける笑顔は、本当は僕に向けられるべきものだったんだ!!」
(……)
ああ、そうか。琉偉に言われるより嫌な感じがするのはこのせいだ。
こいつは、私が自分の意思で提供している価値以上のものを求めている。
その後もぶつぶつ何か呟き続けるストーカーに内心怯えながらも、とにかく時間が経つのを待った。目を瞑って自分を落ち着かせようとしても「聞いてます?」と聞かれるので目を開けざるを得なかった。
そうこうして一時間ほど経った頃だろうか、ようやく車が高速を抜けた。
――――その時。
「警察呼んだわ! 車停めなさい!!」
隣を並走する車があった。
後部座席の窓から顔を出してきているのは玲美で、運転しているのは藤井さんだ。
いつもの藤井さんの車ではない。おそらく特急に乗って途中まで来て、レンタカーでもしたのだろう。
それより気になるのは、車の上――人が乗るべきではないルーフの部分に、琉偉が乗っていることだ。
(いや何故そんなところに!?)
困惑しているうちに、琉偉の姿が消え、ガタンッと音がして私たちが乗っている車がわずかに揺れた。
そして、窓から逆さ向きの琉偉の顔が覗いた。
「ゆきちゃん、助けに来たよ!」
お前、隣の車からこっちの車に乗り移ったのかよ!!
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