第85話




空斗の友達を通してストーカーと連絡を取ると、意外にもストーカーはあっさりと私たちからの誘いを承諾した。


それどころか、私たちよりも先に約束した学食のテーブルについていた。テーブルの上には既に水が四つ置かれている。謎の歓迎っぷりだ。



「お久しぶりです、ゆきさん。まさかゆきさんの方から誘って頂けるなんて思ってませんでしたよ」



ストーカーは嬉しそうに口元を緩ませる。いや、誘ったのは私じゃなくて空斗なんだけど……。


途端、ストーカーが空斗と玲美の両方向からビンタを受ける。



「痛い! 急に何ですか! 僕は何もしてません!」


「黙れ犯罪者」

「黙りなさい犯罪者」



空斗と玲美の声が重なる。


私は空斗や玲美よりも先にストーカーの正面の椅子に座って問い詰めた。



「あの写真、投稿したのはあんたでしょ」


「何のことだか。僕はゆきさんと空斗さんの写真なんて撮っていませんよ」


「何の写真かまでは言ってないんだけど?」



私の言葉に、ストーカーが黙り込む。


やれやれと溜め息を吐いた空斗と玲美も私の隣の椅子に座った。



「……ゆ、ゆきさんが悪いんだ! 期待させて、僕を否定するから! 僕に鞄までぶつけて……!」


「去年のことをいつまでグチグチ言ってんの? 期待させたのは悪いけど、オタクをその気にさせるところまで含めて私の活動の一環だから。まぁ、もうそんなこともやめるんだけど」



そこまで言って水を飲むと、ストーカーがぶるぶると震えた。



「ゆきさん、活動中止って本気なんですか? あんなにファンが多いのに」


「少なからずあんたのせい。元々危険な目に遭いやすい活動だし、友達を巻き込んだらやめるって決めてたの」



ストーカーの顔が強張る。



自分のしたことがまさか私を活動中止にまで追い込むとは思っていなかったのだろう。


ネット上で嫌がらせする奴らなんて大抵そうだ。


軽い気持ちで汚い言葉を使って他者を否定して、画面の向こうの相手がどう思うかなんて考えもしない想像力の乏しい人間。


これまでそんな人何人も見てきたし、誹謗中傷コメントだって沢山あったし、活動者だから仕方ないと割り切ってきた。


でも、友達を巻き込まれたら話が違う。



「これ以上こんなことを起こさないために、私は活動をやめる」


「……」


「――そんな顔するくらいなら最初からやらないで。今後どの活動者を好きになっても、誰にも」



ストーカーが唖然とした顔をし、次に攻撃的に睨みつけてきた。


どうしても自分のせいだと認めたくないらしい。



「も、勿体ないじゃないですか! ここまで何年も続けてきてそんな……!」


「勿体ないかどうかは私が決める。今回私はリスクの方が大きいって判断したの」



ぐっと口ごもるストーカーに、横から玲美が水のコップの水滴をなぞりながら厳しい口調で言った。



「あんた、ごめんなさいの一言も言えないの?」


「違う、僕は悪くない! ただ僕は、ファンにゆきさんの本当の姿を見せようと思って……!」


「何が本当の姿だよ。普通に俺と帰ってただけじゃねぇか」



空斗も呆れたように言う。ストーカーに対しては猫を被る価値もないと判断したのか、珍しく素だ。

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