第69話




ドラえもんの映画を一本観終わり、二本目にいこうとしていた時、がちゃりと音がして藤井さんが車内に入ってきた。


琉偉の姿はないので、まだ戻ってきている最中……あるいは撮影中なのだろう。



「今日の琉偉、絶好調ですよ」



ご機嫌な様子で運転席に着席した藤井さんは、ドリンクホルダーに置いていた缶コーヒーを開け、鼻歌を歌っている。



「撮影中にサボってていいんですか?」


「マネージャーがずっと撮影現場にいる必要はないですからね」



いや、いた方がいいだろ……と呆れる私に、「もしよかったら」と藤井さんがコンビニの袋を渡してくる。中にはプリンが入ってきた。


車内で食べにくいものなので今は食べられないが、もらえるもんはもらっとこうと思い受け取る。



「いやあ、僕の読みは正しかった。貴女の存在は琉偉の能力の120パーセントを引き出してくれますね、雪さん。今期のドラマはきっと成功です」


「……もしかして藤井さん、ずっとそのために私と琉偉の恋路に肩入れしてました?」


「まぁ、僕もマネージャーですし。貴女が琉偉という才能の塊にエンジンをかけてくれるなら、こちらとしても利益ですからね」



一体どこまで損得勘定で動いているのか分からない人だ。ただ幼馴染みの恋愛を楽しんでいるのか、私の存在が琉偉の仕事のパフォーマンスに影響するからどうにかしようとしている部分が大きいのか……。



「どうするんですか?」


「何をですか?」


「琉偉のことです」



バックミラー越しに私を見つめる眼鏡の奥の瞳と視線が絡まる。



「あの様子じゃもう誤魔化せないですよ。琉偉、貴方の気持ちにはもう気付いてます」


「……ですよね」



映画を観て考えないようにしていたことを掘り返されて、大きな溜め息を吐いた。


配信で私の一挙一投足を舐め回すように見ているであろう琉偉に、あれだけ近くで話して私の嘘が見抜けないとは思えない。



「本人もああ言ってることですし。付き合ってしまえばいいのでは?」


「有名俳優と付き合うなんて、私には荷が重すぎます」



私は肌を露出してネット上で活動している身だ。


いくら心を込めて活動しているといえど、世間様からの印象はよくないだろう。


あの純粋そうな爽やかイケメンの琉偉が好きになった相手が露出系ネットアイドルだともしもバレたら琉偉の印象が悪くなるに決まっている。



「――今撮影中のドラマで共演している若手女優、琉偉のこと口説いてるみたいですけど」


「は?」


「観てません? 夜中にやってる女性向け漫画原作の恋愛ドラマで、主人公役の女の子もそのライバル役の女優も、裏では琉偉狙いですよ」



玲美の家で観たドラマのキスシーンが脳内再生される。主人公のライバル役の女優……ってことは、琉偉が撮影でキスした相手だ。



「琉偉、モテますからねえ。いいんですか~? 奪われても」


「……、」


「琉偉は今のところ自分に好意を寄せてくる女優には冷たい態度を取っていますが、貴女に拒絶されたとなれば心を癒やすために少し味見するって可能性も……」



あの琉偉が冷たい態度を取るというのも想像つかない。あんな可愛らしい女優たちに言い寄られても手を出さないくらい私に一途なのか、あいつは。



ちょっと驚きながらも試しに想像してみた。


私に拒絶されて傷心の琉偉が、主人公役の若手女優と主人公のライバル役の有名女優に手を出しているところを。

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