第67話

数秒間目で琉偉に帰れという圧をかけてみたが、琉偉は目をキラキラとさせるだけだった。この様子では一向に帰りそうにない。こんなところでこんなことをしている琉偉を週刊誌に撮られでもしたら……。



――ええい、ままよ!



思い切って窓枠に足をかけ、窓から飛び降りた。もしこれでタイミング悪く今日窓から空き巣に入られたら琉偉と藤井さんのせいだ。


一応、琉偉に受け止めてもらえずとも痛い思いをしないよう受け身を取る心の準備はしていたのだが、さすが琉偉、きちんと私を受け止めやがった。


衝撃で正直こちらは痛かったので琉偉も痛くないか心配したが、琉偉はけろっとしているどころかものすごく嬉しそうにこちらを見ている。犬。まるで犬だ。ご主人様に久しぶりに会えた犬である。



「おお! 雪さん、降りてきてくれたんですか! やはり琉偉の情けないけど頑張ってるところやいざって時は頼りになるところや雪さんの活動を全力で応援してくれるところや否定しないところ、見返りを求めないところが好ましいからですか?」



うるせええええええ!!


隣から全力で冷やかしてくる藤井さんをギロリと睨むと、藤井さんはこほんと咳払いし、「冗談はさておき。本当に撮影に間に合わなくなるので乗ってください」と後部座席のドアを開けてくれた。



隠し撮りされたのがトラウマな私は言われるがままにすぐ車に乗り込んだ。


琉偉もすぐに私の隣に乗ってくる。その手は私の手を強く握っている。それを強気で振り払えるほど、今の私はいつもの調子ではなかった。


……だって、思わぬところで伝えるつもりのなかった気持ちが好きな男本人に伝わってしまった直後なのだ。



何事もなかったかのように押し通せないかな。無理かな。



「――ゆきちゃん」


「ハ、ハイ」



琉偉からの呼びかけにびくりと体が反応する。ひとまず返事はできたが、琉偉の顔を全く直視できない。


私の顔は思いっきり琉偉とは反対側、窓の外を向いている。


ああ、いい天気だな~。雀が飛んでるな~。



「まず、俺のことを考えてくれてありがとう」



運転を開始した藤井さんが、先程まで車内で流していたらしいラジオを切る。


おいやめろ、気を使うな。



「俺、ゆきちゃんにとって俺の存在が迷惑になったのかなって思ってた。でも、ゆきちゃんは俺の仕事のこと考えて……俺のためを思って俺を遠ざけようとしてくれてたんだね」



藤井さんが赤信号の最中に何やらスマホをいじっていたかと思えば、車内にムーディーな音楽が流れ始めた。


おいやめろ、いい雰囲気にしようとするな。



私の手汗は今すごいことになっているだろうが、琉偉が一切手を離そうとしないから困った。


べちゃべちゃになってもしらねーからな!と文句を言おうとしたその時、ぐっと琉偉が私の腕を引き寄せてきて、思わずそちらを向いてしまった。


真剣な表情の琉偉と目が合う。いつものふにゃふにゃ笑う琉偉じゃない。それだけで柄にもなく鼓動が高鳴り、自分の顔が熱くなっていくのが分かった。



「さっき電話で藤井に言ってたことは本当?」


「……ナンノコトダカ……」


「答えてよ、ゆきちゃん。ゆきちゃんの口から聞きたい」



私の手を握っていた琉偉の手が一度離れたかと思えば、するりと指に指を絡められ、恋人繋ぎのような状態になる。




「ゆきちゃん、俺のこと好きなの?」




こんなにも澄んだ瞳で聞かれて、違うと答えられる女性は果たしてこの日本にいるのだろうか。

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