第65話

安心感で満たされると共に、いやまだ解決すべき問題はあるな、と徐々に冷静になってきた頭で次に何をやるべきか考えていると、スマホから着信音が流れた。



――藤井さんからだ。



何だ何だ今度は何があったんだ……と不安な気持ちで電話に出ると、有り得ない第一声が聞こえてきた。



『ヤり捨てたって本当ですか?』


「はい?」


『とぼけようったって無駄です! 琉偉のことヤり捨てたんでしょう!』


「いやいやいやいや……何の話ですかやめてください」



突然わけの分からないことを言ってくる藤井さんに、電話を切りたい衝動に駆られる。しかし、確かに私と琉偉がデキていると勘違いしている藤井さんからしたら私が琉偉をヤり捨てたように見えるかもしれないと気付き汗がダラダラ出てきた。私が琉偉にもう直接会わないって言ったの、ホテルで一緒に泊まってから一ヶ月くらい経った後だし、その間は会ってなかったし……。



『琉偉、今朝の仕事に身が入ってなかったですよ。マネージャーとして見過ごせません。由々しき事態です』


「何にせよ私がいないと仕事頑張れないなんて状態はよくないでしょう。このあたりで私から卒業してもらった方が琉偉のためですよ」


『それはそうですが……ヤり捨てられた次の日に他の男との熱愛疑惑が浮上したら卒業どころか死にますよ。傷心の琉偉をもう一回槍で突き刺すみたいなことしないでください』


「あれは違います。ていうか藤井さん私のアカウント見てるんですか?」


『琉偉の様子があまりに変だったので貴女に何かあったに違いないと思いチェックさせて頂きました。大変ですね、ちょっと炎上してたでしょう』


「まぁ、大変でしたよ……。本当にあれ、ただの友達なんで」



そう言うと、藤井さんは驚いたように聞いてきた。



『あ、本当にただのご友人なんですか? ならどうして琉偉をヤり捨てたんです? てっきり大学で彼氏ができたからケジメとして琉偉と会わない選択をしたものと僕は推理していたのですが』



確かに、タイミング的に考えれば藤井さんの結論に至るだろう。琉偉もそう思っているかもしれない。


私は少し考えた後、藤井さんには白状しようと思った。曲がりなりにもマネージャーである。からかい心で私と琉偉の関係性を応援していたかもしれないが、私が本気になったと知れば、そして本気になった私なりの気遣いを知れば、この考えにも同意してくれるだろう。



「……好きになったんです、琉偉のこと」


『え?』


「恋愛的な意味で。恋愛すると人って馬鹿になるでしょう。だから、これ以上この感情が暴走しないうちに離れた方がいいと思いました」



電話の向こうの藤井さんが黙り込んだ。からかってこないということは、私の発言を真剣に受け止めてくれたのだろう。



「琉偉は今大人気の俳優です。会うごとに撮られるリスクは上がっていく。私も今回隠し撮りされましたけど、盗撮って意外と気付かないものですよ。プロの週刊誌の撮影者に狙われたら終わりだと思います。もし私の感情を優先させて琉偉とどうにかなったりしたら、私が琉偉の仕事を大きく左右するリスク因子になってしまう。そうなったら藤井さんも困るでしょう」


『……大人ですね、雪さん。僕が大学生の頃なんて、もっと自分本位な恋愛してましたよ。周りのことなんて考えてなかったです』



やはり藤井さんは私の意見に納得してくれたようで、少しも笑わずにそう言ってくれた。



『雪さんの言うことは正しいです。真面目な話をすると、琉偉に恋愛報道は無いに越したことはない。琉偉のファンは若い女性が多いですからね。“マネージャーの僕”としては、雪さんの判断は有り難いです。“琉偉の幼なじみの僕”としては残念ですが』



その後少し間があって、藤井さんは少し話を変えてきた。



『雪さんは琉偉のどこを好きになったんですか? 顔ですか?』


「なんですか人を面食いみたいに。顔はそりゃ、客観的に見て整ってるなとは思いますけど、主観的にもかっこいいと思い始めたのはつい最近ですよ。恋愛フィルターでしょうね」


『ほう……顔ではない、と。中身ですか? 僕から見たら琉偉は、昔から随分泣き虫で情けない男ですが』


「そこがいいんじゃないですか」



幼馴染みにまで情けないと言われる琉偉のことを想像してふっと笑ってしまった。テレビの中ではかっこいいかっこいいってキャーキャー言われてるのに、身近な人にはやっぱ情けないって思われてるんだなあ。



「情けないけど頑張ってるところとか、いざって時は頼りになるところとか、私の活動を全力で応援してくれるところとか、否定しないところとか……あと、拗らせたオタクって普通は貢いだ分だけ見返りを求めるものだと思うんですけど、琉偉はそういうの一切ないんです。あの城山琉偉が私のことを本気でリスペクトしてくれるって分かったから救われた部分もあるんです。だから好きになりました。琉偉が私のオタクをやめる日が来るまで、ネットアイドル“ゆき”として、全力でファンサしようとは思ってますよ」



私の言葉を聞いて、藤井さんは『ふーん……』となんだか含みのある相槌を打った。



『ところで雪さん。僕、こう見えて結構忙しいんですよ。売れっ子俳優のマネージャーなんでね。電話なんて移動中にしかできないくらい忙しいんです』


「はあ……」


『今も現場へ移動中で、運転してるのでスピーカーで雪さんと喋ってるんですが』



この忙しい僕が電話してやってるんだから感謝しろってこと? 突然性格悪いこと言い出したな。





『この会話、後ろにいる琉偉が聞いてます』

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