第64話
帰り道で買ったお弁当屋さんの唐揚げ弁当の蓋を開け、「いただきます」と一人呟いて、時間が経っているわりにはまだ温かいそれをガツガツと食べる。
色々考えすぎて朝ごはんもお昼ごはんも食べていなかった。ようやくお腹が空いてきた、よかった。
何となく部屋のテレビを付けた。一人暮らしになるから寂しいでしょうと大学進学と同時に親に押し付けられた小さなテレビ。ほとんど付けたこともないそれを、玲美たちといる時ならともかく一人でいる時に付けるなんて、私も随分変われたようだ。
お弁当に付いていたお茶を飲みながらチャンネルを変えていると、突然琉偉のドアップが映った。
夕方のバラエティ番組。芸人さんやアイドルグループのセンターの女の子が並び、恋愛トークをしているようだった。
『みんなさぁ、片思いの経験とかあるの?』
私でも知っている、年末年始の王道番組にも出ている芸人の大御所が、若手たちに話を振っている。
『えー。あたしはないですよぉ。三次元の男に恋とかしたことないですぅ』
『嘘つけ、一回くらいあんだろ! かわいこぶんな!』
『あたしに対してあたり強くないですかぁ!?』
センターの女の子と大御所芸人のやり取りに、あははは、と笑い声がする。
『琉偉くんはどうなの? 今は忙しすぎて無理でも、高校時代とかさ』
『俺は……片思いしてばっかですよ』
自嘲的な笑いを漏らす琉偉の顔がアップでアップで映った。
『ええ~!? 琉偉くんが!?』
『意外と恋愛ベタなんですか?』
興味津々といった様子で他の参加者がツッコむ。
『手の届かない存在に恋しちゃうっていうか。例えば……そうですね、総理大臣に恋したって叶わないじゃないですか』
『総理大臣?』
『何言ってんの琉偉くん?』
『そういうなかなかお近付きにはなれない人に恋するタイプなんです、俺。しかも拗らせるんですよね。その人の幸せを願うのがファンとして正しい在り方って分かってても、その人に恋人ができてほしくないとか、その人の恋人が俺であったらとか考えちゃって、欲ばかり出てきて……そういうのを必死に抑えるのが大変だなって思います。恋愛向いてないかもしれないですね』
はは、と笑う琉偉。これって遠回しに私のこと言ってんのかな……と気まずい思いをしていると、センターの女の子が口を開いた。
『え、それって推しに対してガチ恋強火ファンになっちゃうってことですよね!? 分かりますよ!! あたしも推しに近付く女が作中に出てきた時ジャンプ本誌燃やしかけてメンバーに止められました。好きな人に恋人できてほしくないの当たり前じゃないですか?』
『好きな人……』
『そうですよ! 推しへの思いはれっきとした恋です! 琉偉さん何も間違えてないですよ』
バンバンとテーブルを叩きながら力説する女アイドルは、喋り方からして人気なことに納得できる親しみやすさをしていた。
『それに、琉偉さん“何でもできる”んでしょう!? たとえ恋の相手が総理大臣だったとしても大丈夫です! その気になれば叶えられますよ!』
『いや総理大臣は無理あるやろ』
『アメリカ大統領よりは望みあるけどねえ』
芸人たちとの会話によって観客席からまた笑い声が聞こえてきた。思わず私もフッと笑ってしまった。
そして、お弁当の容器をゴミ箱に捨ててから、そろそろ反応が来ている頃かなと思い、Twitterを開いた。
まだそこまで時間が経っていないというのに、通知が沢山来ている。
【これでこそゆきちゃん】
【態度デカすぎ。ファン辞めるわ】
【隠して嘘つくやつより誠実じゃない?】
【いくら友達でも日常的に男と仲良くしてんの無理】
【ゆきのこういうとこ好き】
【媚びてなくていいと思うけど、恋人出来たらファンは離れると思うな。隠してほしい】
【ゆきちゃんに恋人できたらめっちゃショックだけど受け入れる】
【今はいないって信用できるのありがたくね?】
【ガチっぽいからこの写真拡散するのやめよーねキッズたち( ^ω^)】
【ゆきがこういう感じだからゆきちゃん界隈の治安は基本いいんだよね。今回は荒れたけど】
【俺はこういうゆきが好きだ! 一生推す!】
【ゆきのサバサバした性格含めて好きだから恋人いようがいまいがどっちでもいい。でも活動はやめないでね……】
【それより乳が見たい。今日の投稿まだ?】
【この写真載せてるアカウント通報しました。ゆきちゃん頑張って!!】
【ゆき意外と友達思いなのギャップ萌え】
賛否両論が巻き起こるが、議論の中心が私のツイートへの意見になり、住所や写真へのツイートの数は減り始めた。
「……よかった……」
ほっとして足の力が抜けて座り込んだ。
ひとまず、玲美の住所や空斗との写真が加速度的に広がることは止められたようだ。
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