第61話



大学の授業が終わった後、私は玲美と空斗を大学のカフェテリアに集めた。特に玲美にはすぐ報告しなければならないと思った。


スマホの画面をテーブルの上に出し、「ごめん」と謝る。玲美はさすがに住所特定には動揺したようで、すぐには返答がなかった。



「……おいおい、マジかよ。俺の顔も映ってんじゃん」


「空斗も、ごめん」


「俺は活動には影響しねえからノーダメだけど。つーか、このアンチアカウント、中身城山琉偉じゃねえの?」


「いや……それは違うと思う」


「だって城山琉偉は玲美の家知ってんだろ? 来たこともあんだろ?」


「琉偉はそんなことしない」


「分かんねえって。お前がもう直接会わないって方針にした直後じゃん。逆恨みした可能性もあるだろ」


「琉偉はそんなことしないってば」


「恋愛感情拗らせたファンなんて何するか分かんねえよ? お前はファンを甘く見すぎだ」



そこでようやく玲美が口を開く。



「絶対有り得ない、ってことはないにしても、可能性は低いと思うわよ。城山琉偉はただでさえ舞台やらドラマやら映画やら多忙な人間だし……。わざわざこの家の周辺に張り込んで写真撮るなんて時間の余裕もないでしょう」



玲美は平静を装っているけれど、家の住所が拡散されているなんて怖いに決まってる。


引っ越せば済むような賃貸でもなく実家だし、ここには玲美の親も住んでいるのだ。



「ごめん、玲美」


「……雪が悪いんじゃないでしょ。拡散されちゃったものは仕方ないわ」


「でも、私がこんな活動して変なオタクに執着されてなかったら、玲美のこと危険に晒すこともなかった」



言葉にしてからより実感が湧いてきてしまい、じんわりと嫌な気持ちが広がっていく。


――……もうやめようかな、この活動。


こんな形で友達に迷惑をかけるくらいなら、ネット上での活動なんてやらない方がマシだ。


この件に関しても正直、収拾をつけられる気がしない。この距離感の写真を撮られておいて、どう説明したって嘘くさい。



「……雪、大丈夫? いつもの雪ならもっと――」


「大丈夫じゃないのは玲美の方でしょ」



こんな状況下でも私を心配してくる玲美に少し強い口調で言い返してしまった。


だめだ、私の方が冷静さを欠いてる。これまで私自身が危険に晒されたことがあっても、周りを巻き込んだことはなかったのだ。玲美の情報が広がっていることに、どうやら私はかなりショックを受けているらしい。



「……本当にごめん。とにかく、何かあったらすぐ連絡して。家に嫌がらせ行為とかされたら、警察に突き出していいから」



それだけ言って、二人の分のカフェ代を置いてカフェを出た。


報告は終えたし、少し一人で冷静になる必要があると思った。


“ゆき”としてのアカウントを消したい衝動に駆られたが、今消せば空斗と恋人関係であることが事実だと思われてしまうかもしれない。それに、何も言わずに消去したら心配した厄介オタクが玲美の家まで来る可能性も――。



思考に耽って早足になっていると、ヴー、とポケットの中に入れていたスマホが震えた。

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