第59話




『ゆきちゃん、久しぶり。今日の投稿も可愛かったよ、ゆきちゃん天使だよ』



ビデオを繋ぐなり、早口で私が今日あげた写真を称賛してくる琉偉。


――いくら距離を置きたいと言っても、琉偉はちゃんとお金を払って【養いプラン】に入ってくれている顧客だ。【養いプラン】のサービスであるビデオ通話は欠かさず行わなければならない。


今日は琉偉の誕生日のあの日以降初めてのビデオ通話の日だった。



「最近仕事の方はどう?」


『順調だよ! 撮影の前に画面に映ったゆきちゃんにキスしてから挑むと一発オーケーもらえるんだ。ゆきちゃんは幸運の女神様だね。幸運になれる待ち受けって昔よくあったじゃん。富士山とかガネーシャとか、設定するだけで幸せになれますみたいなやつ。ゆきちゃんの写真もあの系列に加わるべきだよ』


「お、おう……。そうだな」



お前は日本最高峰の山とヒンドゥー教の神の一柱と私を同列に扱ってんのか? 多方面に失礼だろ。



『あと、もうすぐ公演する舞台がアクション系でさ。バク転の練習してるんだ。できるようになったから見てほしいな』



そう言って画面から離れたかと思うと、華麗なるバク転を始める琉偉。


最早琉偉がバク転できるくらいでは驚かないが、余裕でバク転できるほどのスペースがある部屋の広さには驚いた。



「凄いね。私逆立ちすらできないから素直に尊敬するわ……」



適当に褒めると琉偉がえへへと照れ笑いする。きゅん、なんて胸が締め付けられるような感じがしたので自分の胸を拳で叩いた。やめろ雪、血迷うな。この恋心は捨てろ。



『ゆきちゃんは活動の方順調?』



先程まで軽やかにバク転していた琉偉がデスクに戻ってきて今度は私に問いかけてくる。



「前回の企画を終えてから結構間が空いたけど、そろそろ新企画をやろうと思ってて……」


『ほんと? 俺ゆきちゃんがやることなら何でも手伝うからね!』


「……」



キラキラと目を輝かせる琉偉を見て、駄目だ、ちゃんとはっきり言わなきゃ、と焦りを覚えた。



「……あのさ、琉偉」


『うん、なぁに?』



甘ったるい声で目をとろんとさせながら聞き返してくる琉偉に、更に言いにくく感じながらも、目を逸らしてなんとか言葉を続けた。



「琉偉をビジネスパートナーにするの、もうやめようと思う」



言い終わってからチラッと様子を窺うと、琉偉があからさまに固まっているのが見えた。



『……何で?』


「本来オタクと直接会うのってよくないことだから。私、琉偉と親しくしすぎた気がする」



随分と長い沈黙の後、



『……そっか。うん、そうだよね、ゆきちゃんが決めたことなら、受け入れるよ』



しゅんとしながら弱々しい声でそう言う琉偉。玲美と同じようなこと言ってんな、と思った。



『俺やっぱり調子乗ってたよね。ごめんね。ゆきちゃんとたまたま現実世界で会えたからってしつこく声掛けて追い回して、図々しく何度も会って、オタクとして弁えてなかったよね。本来、ゆきちゃんみたいな人に直接会えるだけでも奇跡だったのに』


「いや、別に図々しいとは思ってないけど……」


『――……誕生日、幸せだった。一生忘れない。もう二度とゆきちゃんと直接会えなくても』



切なげに笑う琉偉を見て、ウ゛ッ……と心にダメージを負った。


そうだ、琉偉は基本的に良識のあるファンなのだ。私がもう会わないと言えば、その通りにする。私の嫌がることはしない。



そんなことは分かっていたはずなのに――――……もう少し食い下がってほしかった、と思う自分がいる。


恋心というのはどうにも扱いにくい。


もう関わらない方がいいと思う反面、これからも関わっていくための言い訳が欲しいとも思ってしまっているのだ。


琉偉がしつこいから、琉偉が会いたがるから、そう言い訳して今後も会いたい。そんなことを考えてしまうほど、気持ちが増大している。



「……私こそ、あの時はありがとう」



時間が来ていたので、最後にそう言ってビデオ通話を切った。



会わなければこの気持ちもいずれなくなる、そう期待しながら。

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