第54話

――――翌朝。



琉偉の腕の中で目を覚ますと、何者かの視線を感じた。おそるおそる視線の主に目を移す。



そこに突っ立っているのは藤井さんだった。


何で勝手に入ってこれているのか甚だ疑問だが、おそらく私の分のカードキーを持ったまま自分の部屋に戻ったのだろう。


藤井さんは藤井さんで随分と動揺しているようだった。



「おや……おやおやおやおやおや。なんだかんだ帰るかと思っていたのですが……まさか一夜を共にしてしまったとは。この藤井、急展開に動揺しております」


「違いますからね?」



ぶるぶると手を震わせながら眼鏡をクイッと上げる藤井さんに秒速で否定して上体を起こす。


すると「んん、」と寝ている琉偉が眉を寄せた。そしてまだ寝惚けているのか私を強い力で引き寄せてまた抱き締めてきた。



「…………」


「…………」



藤井さんと私の間に気まずい沈黙が走る。



「…………これって熱愛現場……という感じですよね」


「いやだから違いますって」


「この状態で何もなかったと言う方が無理があります。いやあ嬉しいな、まさか琉偉の恋愛成就に貢献できるとは。僕は恋のキューピッドになってしまったというわけですよね。ドンキで天使のコスプレ買ってきて羽とか背中に付けた方がいいですかね」


「違うっつってんだろ」



何故かウキウキしている藤井さんを蹴飛ばしたい衝動に駆られたが、琉偉に抱き締められているために身動きが取れない。



「すみません、邪魔しましたね。琉偉は寝起きが悪いので早めに起こしに来たんですが、折角ですのでギリギリまでイチャイチャしていてください。撮影の時間になったらまた迎えに来ます」


「いやあのちょっと……」



言葉だけで引き止めてみたが、藤井さんは無視して部屋を出ていった。


めちゃめちゃ誤解してるじゃねえか……と脱力しながら、ふと目の前にある琉偉の寝顔を見つめる。



……琉偉ってこんなにかっこよかったっけ?



琉偉の顔なんて何度も見ているし、駅のクソデカポスターではドアップで見たはずなのに、今更変にかっこよく見えてきた。


顔が整っているのも見た目がかっこいいのも分かっていたはずなのに、何でこんな風に思うんだろう。


琉偉の周りにキラキラしたトーンが貼られているように見える。まるで少女漫画で恋に落ちた時みたいな……ん?


……いや、いやいやいやいや、ありえんでしょ。貢いでくれるオタクは恋人同然とはいえ、リアル恋愛対象とは違う……。



――だったらこの胸の高鳴りはなんだ?




「ん、んん……」



私がそんなことを考えているうちに琉偉がもぞもぞと動き、ぱちりと目を開ける。まつ毛長い、と思った。



「……おはよ。ゆきちゃん」



ふにゃりと笑った琉偉のその表情が可愛くて、可愛いと思ってしまった自分に動揺して、――思わず隣にあった枕をその顔面に投げつけた。






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