第53話

「俺は好きだよ!!」



突然大声を出され、驚いてびくりと体が揺れた。



「あっ……ごめん、嫌いとか言うから、つい。ゆきちゃんが女優目指してたの、配信での受け答えとか行動パターンからもしかしたらそうなのかなとは思ってたんだけど、そっか、その思い出ってゆきちゃんにとっていいものではないんだね。話してくれてありがとう」



琉偉がフォークを置いて、食べ終わったケーキの皿を少し横にずらした。



「挫折したことある?って質問だったよね。結論から言えば、挫折っていう挫折はまだないんだ。けど、うまくいかないことはすごくあったよ。事務所に所属したから、俳優になったから終わりってわけじゃなくて、そこからもすごく難しくて、仕事をもらえない時だってあったし、偉い人に目を付けられたり、人気が出始めたら人の目が気になっちゃったり、ファンレターの中に爆破予告が入ってたり……そのたびにすごくショックを受けてメンタルやられたし、怖くていつも人の機嫌を窺ってばかりだったよ。ビクビクしながら嫌われないように色んな人に媚びを売ってた、ずっと。――ゆきちゃんに出会うまでは」



私の目を真っ直ぐ見て話す琉偉から目を逸らせない。真剣に考えて伝えてくれていることが分かるから。



「前にも少し話したかもしれないけど、俺、他人に媚びてなくて言いたいことはズバズバ言える芯の強さも持ってるゆきちゃんが憧れで、ゆきちゃんのファンになってからずっとゆきちゃんを見て勇気をもらってたんだ。頑張るゆきちゃんの配信を見始めてから俺もこんな風になろうっていう意識ができて人への振る舞い方も変わった。バラエティでも積極的に発言できるようになったし、演技もそれ以前よりずっと大胆になった。そしたら、たまたま苦しい時期を乗り越えられた。挫折って多分凄くありふれてることで、努力しただけで夢が叶うのはドラマや映画の世界だけなんだと思う。だからきっと俺だってあそこで俳優やめてたかもしれない。ゆきちゃんがネット上で活動してくれてたからだよ。俺が挫折しなかったのは」



琉偉のことずっとふざけた奴だと思っていた。デタラメな才能を持っていて、私たちは現実世界に居るけどこいつだけギャグ漫画の世界のチートキャラ、みたいな感覚だった。だから意外だった。こいつもそんな泥臭い下積み時代があったんだって。



「ゆきちゃんの活動は尊いよ。全然恥じなくていい。芸能界っていうゆきちゃんが当初望んだ場所ではないかもしれないけど、活動を通して人を楽しませたり勇気を与えてる点では、職業として同じ面があると思うし、俺の成功の中にはゆきちゃんがいて、売れない俳優のまま終わらなかったのも、今沢山お仕事をもらえてるのも、ゆきちゃんとの出会いがあったから。ここに一人ゆきちゃんに救われた人間がいるんだから、8万9522人もフォロワーの中に他に沢山いるよ。ゆきちゃんの活動でしかできないこといっぱいあるよ」



私のフォロワー数細かくチェックするのやめてくれ、と言いたくなったが、それよりも前に熱い感情がこみ上げてきて、不覚にも涙を流してしまった。ずっと抱いていた劣等感、それを琉偉は否定して、私の活動を全力で肯定してくれている。



「……ごめん」


「えっ何で謝るの。ゆきちゃんが謝ることなんにもないよ。俺こそうまく言えなくてごめん。とにかくゆきちゃんは尊いってゆきちゃんに分かってもらいたくて……」


「いや、私、琉偉って苦労あんまり知らない何でもできる超人だと思ってたから……失礼な感じで聞いちゃったかも」


「ゆきちゃんのこと失礼なんて思ったことないよ! ゆきちゃんにはかっこ悪いとこ隠してるし、そんな風に思うのも自然だし、世間からの俺のイメージって多分そうだし……“やれば何でもできる天才”なんて呼ばれて定着しちゃってるからね」



あれ実は結構恥ずかしいんだけど、なんて笑う琉偉の前で、私はずっと泣いていた。他の誰かに言われてもここまで響かなかったかもしれない。でも、憧れていた職業についている琉偉からこの活動を肯定されたから、尊いと言われたから、あの頃失った自尊心がじわじわと戻ってくる。


琉偉は涙を流す私の頭をずっと控えめに撫でてくれていた。





 :




「――疲れた。寝る」



一通り泣いた後で泣き疲れた私は鼻をかんでからすくっと立ち上がった。テーブルの上には私の鼻かみティッシュが大量に置かれていて、どんだけ泣くんだよ、と我ながらツッコミを入れたくなった。



「大丈夫? 夜だし送ってくよ」


「いや、めんどくさいからここで寝る」



夜中に城山琉偉と二人でホテルから出て歩いてたら週刊誌のカメラマンに撮られそうだし。


軽くクレンジングして化粧を落としてからベッドへダイブした。お風呂はもう明日でいいや。



「え……え? ここで寝るの?」


「眠い……あと十秒くらいで寝そう……」


「え、あ、じゃあ、俺藤井の部屋行ってくるね」


「は?」



あわあわする琉偉にイラッとして上体を起こして言った。



「何でわざわざ藤井さんのとこ行くわけ? 私と一緒に寝たくないのかよ」


「寝たいよ!? めっっっっちゃ寝たいよ!? でもさすがにダメでしょ、神聖なゆきちゃんと同じ部屋で寝るとか許されないよ」



数時間前の威勢はどうしたんだ、こいつ。俺だって男だよとか言ってたくせに。



「いざこういう状況になったらチキるとかだっっっさ」


「…………ゆきちゃん、煽ってる?」


「いや、別に。さっきまで泣いてた女放って別の部屋に行くんだ~と思って。こういう時は一晩中抱き締めて頭撫でとくって知らない? 童貞?」



見つめ合うこと数秒。情けない表情をしていた琉偉は、おそるおそるといった感じでぎしりと私の座るベッドに膝を立てて近付いてきた。



「それ、俺に甘えてるって解釈でいい?」


「そこに気付くなんて、さすが私のオタクだね」



不器用な私が傍にいてほしいなんてはっきり言えるわけがないのだ。茶化すようにそう笑うと、琉偉の腕が私の背に回り、互いの体が密着した。







――琉偉の腕の中は安心する。


ストーカーから助けてもらった時もそうだった。こいつの腕の中は温かくて居心地がいい。


私の指示通り頭を撫でてくる琉偉と抱き合っているうちにうとうとしてきた私は、泣いた後の倦怠感の中で眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る