第51話

ケーキを二切れだけ切り分けて、後は藤井さんのために冷蔵庫へ入れておいた。


琉偉は私が渡したケーキを「ありがとう」と言って受け取り、黙ってもぐもぐ食べている。大人しい……昼間のドラマの撮影時の雰囲気とは大違いだ。


しばらくして、琉偉がふと聞いてきた。



「今日俺の誕生日だって、藤井に聞いたの?」



琉偉のこと検索したら出てきたというのも何だか恥ずかしいような気がして、質問に質問で返す。



「何で?」


「藤井と結構連絡取ってるのかな……って」


「……」


「撮影現場も藤井と一緒に来たみたいだったし、さっきも藤井の服の袖掴んでたし……ゆきちゃん、藤井と仲良いの?」



服の袖掴んだだけだろうがよ。


とツッコミを入れたい気持ちを抑え、複雑そうな表情で私と藤井さんの関係性を疑う琉偉を安心させるため、状況を説明した。



「連絡取ったのはあんたの炎上事件以来。ネットで何となくあんたのこと調べてたら誕生日が出てきたから私から連絡したら、藤井さんが気を使って祝わせてくれようとしただけ」


「……ゆきちゃん、俺のこと調べてくれたの?」


「こんなに色々してもらってるのに、私は琉偉のこと何も知らないと思ったから」



何故だろう、琉偉の顔を見れない。調べた理由を伝えた後、誤魔化すようにフォークでさしたケーキを頬張った。



「俺、こんなに幸せでいいのかな」



少しの沈黙の後、琉偉がぽつりと言った。



「ゆきちゃんのファンは他にも沢山いて、その一人一人がゆきちゃんのことを応援してて、きっと他のファンだってゆきちゃんに誕生日祝われたいって思ってるのに、俺はたまたま生身のゆきちゃんに出会えたからってそれを利用して傍にいられるように自分の能力を売って付け込んでる。そういう自分のこと狡いなって思うし、ただのガチ恋オタクとして立場を弁えなきゃって思うけど、……正直どんどん欲が出てくる。俺のことを知ろうとしてくれたのも嬉しいし、こうして誕生日を祝いに来てくれたのも嬉しいし、泊まってくれたらもっと嬉しいなって思う」


「別に私はそれ、狡いとは思わないけど。欲が出るのは自然なことじゃない?」



あの後輩ストーカーみたいに欲を拗らせるならまだしも、琉偉は無害だし――そう考えた私の思考を読んだかのように、琉偉が続ける。



「ゆきちゃん、俺も男だよ?」



その目がドラマの撮影時よりも真剣で、動揺して何も返せなかった。



「ゆきちゃんはこの状況何でもないって思ってるかもしれないけど、ゆきちゃんに嫌われるからしないだけで、その気になればゆきちゃんが嫌がったって帰さないこともできるんだよ。俺は」


「……」


「俺ゆきちゃんのこと好き、大好き。頭から食べちゃいたいくらい好き」


「猟奇的だな……」


「そうだよ、だから危機感持ってよ。俺のこと肯定しちゃだめだよ。狡い俺を叱ってよ。ゆきちゃんは油断しすぎ」



動揺はしたけれど、ちょっと拗ねたみたいな顔をする琉偉を見て、気が緩んでふっと笑ってしまう。こんなことを言われているのに琉偉のことを怖いとは全く思わないのだから不思議だ。



「琉偉こそ油断しすぎじゃない? 私琉偉に何かされたら、琉偉のこと週刊誌に売っちゃうかもよ?」



ちょっと意地悪をしてみたくなって、ニヤニヤしながらそう言うと、存外琉偉の表情は変わらなかった。



「いいよ」


「いいのかよ」


「っていうか、ちょっとされてみたいかも。ゆきちゃんに俺の俳優人生めちゃくちゃにされたい」


「ええ……」



照れながらそんな恐ろしいこと言うなよ。その表情少女漫画の中でたまたま同じものを拾おうとして手が当たっちゃった時しか許されないよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る