第50話
ニコニコと笑顔で椅子から立ち上がった藤井さんを引き止める。
「いや、ここ藤井さんと琉偉が泊まるんですよね? 2人予約でしょう?」
「僕は新しく別の部屋を取っておきましたので。では」
「ちょちょちょちょっと待ってください」
思わず私も立ち上がって藤井さんの服の裾を掴む。
「冗談やめてくださいよ」
「冗談? こうしないと空気読めてない奴みたいになるかなと思い、気遣ったまでですよ。こちらとしましては愛し合う男女の邪魔をしたくないのです」
「愛し合ってないですよ? 藤井さんに他の部屋行かれても私はここに泊まりませんし帰りますからね?」
「まあ、それはご自由になさってください。泊まっても泊まらなくても、どちらでも。僕は場を提供したまでです」
何の場だよ、何の。
「このケーキ2人じゃ食べきれないですけど……?」
「残った分は冷蔵庫に入れておいてください。明日この部屋に琉偉を迎えに来た時に僕が回収して朝食にします」
「朝ごはんにこんなの食べたら血糖値が……」
「健康的な和食を食べた後の食後のデザートにしますのでご心配なさらず」
あの手この手で藤井さんを引き留めようとしてみたが、藤井さんはニコニコと笑顔を浮かべるだけで、さっさと荷物を持って部屋を出ていってしまった。
ええ……マジ……?
気まずい気持ちになりながら振り返ると、琉偉もこの展開は予想していなかったようで、物凄く緊張した様子で硬直している。
――推しとホテルの部屋で2人きり。オタクが緊張しないわけがないのだ。
もう帰ってやろうかとも思ったが、先程琉偉が“幸せかもしれない”と言った時の表情を思い出して、もう少しだけ居てもいいだろうと椅子に座り直した。
「ケーキ切るね」
「えっ!? い、いやいやいや、俺がやるよ! ゆきちゃんは座ってて!」
慌てて立ち上がろうとして椅子の角に足をぶつけたのか倒れ込む琉偉。予想していた以上に緊張でガチガチである。
はぁ、と溜め息が出た。
「主役はじっとしてて。あと、そんなに緊張しなくていいから」
言っても無理な話だとは思うが。
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