第49話

琉偉は突然自分の鞄に手を伸ばしたかと思うと、私のカメラマンとなるために買ったらしい高そうな本格カメラで私のセットしたケーキやその周りを撮影し始めた。集中しているようで無言なのが怖い。


藤井さんの「そろそろ座っていいですか?」という一言で現実に引き戻されたらしく、カメラをおろした琉偉。藤井さんがテーブルの周りに置かれた椅子に腰をかける。続けて私と琉偉も座ったタイミングで、藤井さんが「ハッピーバースデートゥーユ~」と、オペラ歌手か?と思うほどのめちゃめちゃいい声で歌い始めたので、重ねて私も歌った。


歌い終わると、琉偉が感激したように口元を押さえて目をうるうるさせていた。



「ゆきちゃん、下手で可愛い……藤井もありがとう……」



下手っつったか。下手っつったかお前。



「感動してないでさっさとろうそくの火消してください」



藤井さんの淡々とした一言で、琉偉がバースデーケーキの上に立てられたろうそくの火を吹き消す。


一気に暗くなったので照明を付けた。改めて見ても、有名俳優の琉偉とそのマネージャーが座っている。謎メンツすぎて違和感しかない。藤井さんに関しては、今日で会うの二度目だし。


私は立ったついでにバッグからある写真を取り出して琉偉に渡した。



「あんた、クリスマスイベント来れなかったでしょ」



クリスマスイベントの特典である、私の限定ヌード写真。ポリシーとして局部や乳首は隠しているが、琉偉にとっては相当なサービス写真だろう。



「改めて、……あの時はあんたのこと誤解しててごめん」



琉偉のことをストーカーだと勘違いし、キツくあたってしまったにも関わらず、琉偉は私のことを守ろうとしてくれた。



「誕生日に自分のセクシー写真を贈る人初めて見ました」



嬉しすぎて気を失いそうになっている琉偉の隣で、藤井さんが淡々と感想を告げてくる。冷静に考えると自意識過剰すぎるプレゼントだが、私のオタクはこれが一番喜ぶのでこれにした。


さすがにこれじゃ私が何の労力も使っていないことになるので、もう一つ用意していたものを運ぶ。



――手作りの、えびとマッシュルームのアヒージョだ。



藤井さんは何故これをチョイスした?という顔をしているが、これは琉偉が私のお料理配信を見て絶賛していた料理である。


狙い通り琉偉は相当喜んでいるようで、声も出せない様子だ。


“ゆき”を舐めてもらっちゃ困る。何年もオタクのニーズを把握し実現することを繰り返してきたのだから、琉偉が何をすれば喜ぶかくらい分かるのだ。



「そういうところだよ、ゆきちゃん……」



「食べるの勿体ない、けど食べたい」と葛藤して苦しんでいる琉偉に無理矢理食べさせ、三人での食事が始まった。


料理は特別うまいわけでもないが、昔料理配信を続けていたのである程度は作れる。さほど親しくない藤井さんに食べさせてもまぁ恥ずかしくはない……はずだ。



「藤井、俺幸せかもしんない」


「琉偉はずーっとゆきさんのファンでしたもんねえ。それはそれは売れていない頃から」



クスクスと笑う藤井さんの表情は本当に嬉しそうで、琉偉は良い人がマネージャーに付いているんだなと思った。


と、ある程度食べ終わったところで、藤井さんが箸を置いた。



「では、僕はそろそろ退散しますね。後はお二人でお楽しみください」

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