第47話

途中から見たくなくなって、藤井さんに一言言ってから撮影現場から離れた場所に置かれていたベンチに座っていると、不意に頭上から私を呼ぶ声がした。



「ゆきちゃん、何してるの?」



顔を上げると、そこにいたのは帽子を被った琉偉だった。撮影現場の方を見ると、スタッフたちが慌ただしく道具の片付けを行っていた。



「……よく気付いたね」



ここ、木があって向こうから見たら死角なのに。藤井さんにここにいるって言われたんだろうか。



「俺がゆきちゃんに気付かないわけないでしょ。どこにいたって見つけるよ」



いつもならツッコミを入れるだけのクサいセリフにも、今は何も返す気になれず、黙り込んでしまった。



「何で泣きそうなの?」



何でここにいるの、よりも先にそう聞かれて気付く。私、泣きそうな顔してるのか。


慌てて無理矢理口角を上げるが、琉偉をその程度で誤魔化すことはできず、



「誰かになんか言われた? 誰? どんな奴?」



琉偉の目が一瞬にして冷ややかになったので、慌てて首を横に振った。私が曖昧な返事をしたら、スタッフがあらぬ疑いをかけられて殺されかねない。


黙ってどう説明しようか考えた後、絞り出した声はいつもの私よりか細かった。



「琉偉は挫折したことある?」



答えは分かりきっている。やれば何でもできてしまうコイツに、挫折なんかあったわけがない。



「――琉偉、監督が呼んでます」



琉偉が何か答えようとする前に、藤井さんが近付いてきて琉偉を呼んだ。



「それ後にできない?」


「さすがにできませんよ。大御所ですよ? さっさと行ってきてください。ゆきさんなら後で会えますから」


「でも……」


「いや、行ってこいよ。監督との関係は大事にしないとダメでしょ」



渋っている琉偉にそう言うと、琉偉はまだ心配そうに私を見た後、「すぐ戻るね」と言って向こうへ走っていった。



と同時に、一台のタクシーが私と藤井さんの近くに停車する。


目の前でドアが開いたので藤井さんを見上げると、



「ゆきさん、これに乗って先にホテルへ行ってください。チェックインもよろしくお願いします。あと部屋の飾り付けを頼んでもいいですか?」



と無茶振りをしてきた。



「いや、それはいいですけど……。この状態で私いなくなってたら琉偉暴れだしません?」


「僕がうまく言っておきます。この後撮影チームでの飲み会がありますので、部屋に戻る頃には日付が変わる少し前だと思います。というかそれくらいになるように調整しますので、後は頼みます」



強引にタクシーに突っ込まれ、藤井さんの琉偉の誕生日祝いへの熱だけはひしひしと感じた。

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