第30話



休日の昼間ということもあって電車は混雑していた。



「北口改札ってどっちだっけ?」


「多分こっちだったと思う」



目的の家電量販店に行くのに一番楽な改札を探している途中、駅構内にデカデカと貼られた、琉偉が主演で出ている映画のポスターが目に入る。


知り合いの顔こんなドアップで見る機会もなかなかないだろう。



「すごおい。こんなにアップで映しても毛穴一つ見えないとか有り得る? 芸能人って凄いわ。スキンケア教えてほしい」



普段芸能人なんて全く興味のないはずの玲美がパシャパシャと写真を撮っている。



「玲美って琉偉のファンだっけ?」


「いや、別に。でも友達の彼氏だと思ったら興味も出るでしょ」


「かっ……」



彼氏じゃないけど?と言い返そうとしたけれど、玲美がニヤニヤしているのでからかっているだけなのだと悟る。



「……そういうのじゃない。あいつは」


「ふうん? でも私としてはちょっと面白いのよね。ほら、雪の色恋沙汰ってこれまでなかったから」


「色恋とは程遠いよ。ネットアイドルとオタク、ただそれだけ。以上」


「えー。折角城山琉偉なのに」



折角ってなんだ、折角って。


芸能人と恋愛なんて冗談じゃない。ちょっと一緒に帰ってただけで写真撮られたりしそうだし。自分も全国規模の芸能人とかならともかく、恋愛だけのために私生活が不自由になるのは御免だ。




そんなことを思いながら改札から出てしばらく歩くと、この辺りで一番大きい家電量販店が立っていた。


マイクセットは3階に売っているようなので、エレベーターに乗って3階に向かう。



「うわー。種類多すぎてどれがいいんだか分かんないわね」



玲美の言う通り、ある一角にマイクセットがずらりと並んでいた。


私にはどれも同じに見えるが、値段が違うので違うものなのだろう。



「なんて聞いたらいいんだろう」


「素直に歌ってみた撮るにはどれがいいですか? とか聞いてみたら?」


「歌ってみた動画って言って伝わるかな」



事前情報が何もないまま出てきてしまったが故に何も分からない。


そもそも配信用のマイクって何を重視して購入したらいいんだろう……。そこも含めて店員さんを呼んだら詳しい人が来てくれるかもしれない。


そう思って近くの店員さんに声をかけようとした、その時。



「初心者で歌ってみたを撮るなら、この棚の反対側に並んでるダイナミックマイクがいいと思います」



後ろから、若い男性客が声を掛けてきた。


私たちと同年代くらいの、爽やかな塩顔イケメンだ。服装もオシャレ。


琉偉に見慣れているせいでそこまでのインパクトは感じなかったけど、客観的に見て一般人の中ではなかなか居ないくらいの美形だろう。


一目でモテるんだろうなって分かる。



「ちょっと感度が低いですけど、リーズナブルなものが多いですし、ノイズは拾いにくいかと……」


「……ありがとうございます」


「すみません、お節介して。僕も新しいマイクを買いに来たんです。歌ってみた動画って単語が聞こえたからちょっと気になって」


「……」



そこで思わず動きを止めてしまった。



……この声、どっかで……。



「予算がどれくらいかにもよりますけど長く続けたいなら定番なのはこの会社のやつで……」


「えー凄い。ありがとうございます。お詳しいんですか?」


「ああ、いえ。そんなに詳しいというわけでもないんですけど、大学で歌関連のサークルに入っていて……」


「へえー。え、この近くの大学ってことはもしかして……」



玲美と男が話し合っている横で、目を瞑って耳を澄ます。



まさか。いや、間違いない。間違えるはずない。


最近ずっと聴いてた声だから。


何がいいのって思いながら何度も何度も何度も聴いて、分析しようとしたあの声。




「ちょっと雪、聞いてる? この人うちの大学らしいわよ。しかも同学年」



「――――――……yamato?」

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