第12話

玲美はまだ様子を見るべきだと反対したが、私は平気だと振り切って新居に移動した。



実際あれ以降視線を感じることはなくなったし、ルイのことはブロックした。


ルイのTwitterにはあの後新しい呟きなどもなく、完全にアカウント自体が動かなくなった。


これで攻撃的になるようなエネルギーもない、メンタルよわよわオタクで助かった。



私は通常通りカメラマンを探しつつ露出系自撮りをアップし、いつもと同じ日々を送った。




そして今日は――クリスマスイヴ当日。


イベントのために貸し切らせてもらったカフェで、サンタコスをしてファンにパンケーキを作ってあげたり、ツーショット撮ってあげたりした。



ファンたちと楽しく会話して、握手して、どの写真が一番良かったかなんてことも聞いて楽しむ。


「ゆきさんリアルで見ても可愛いね」なんて褒めてもらえて気分良かったし、思わせぶりな距離に近付いてドキドキさせて、オタクを手の平の上で転がすのも悪くない。




そして、参加しているオタクの中の一人に、見覚えのある若い男がいることに気付いた。


あまりにも見たことがある気がしたのできっと以前にもイベントに参加してくれた人なのだろうと思ったが、それにしても私のメモ帳に名前が載っていないので疑問を覚える。


イベントに参加してくれたオタクの顔と名前は完璧に覚えているはずだし、忘れても思い出せるように一人一人メモしてあるはずなのに。



「どっかで会ったことある?」



ツーショット写真を撮るため密着した際に直接そう聞くと、男はパァッと顔を明るくした。



「分かりますか!? ゆきさん、僕、ゆきさんの大学の後輩なんですよ」


「……え?」



笑顔が引き攣ってしまった。まさか同大学に私のファンがいるとは。



「大丈夫です、分かってます!今日来てる他の人の前では言いませんから安心してください」


「それは、かなり助かるなぁ……。大学特定されるのは勘弁だし」



なるほど、同じキャンパスなら見かけたことがあっても不自然ではない。


でもさっきオタクみんなと喋っていた時にそれを自慢しなかった辺り、この子は良ファンだ。


黙っていてくれたのだろう。



「ありがとう。秘密守れる子は好きだよ」



耳元でそう囁くと、後輩は顔を真っ赤にして倒れかけていた。



あー、オタクってチョロいなぁ。





 :




オタクたちが全員帰った後、イベントの設営をしてくれたスタッフさんにお礼を言って着替えて、後片付けを少し手伝うことにした。


クリスマスイヴとはいえ他に予定もないので結局最後まで店の片付けを手伝って、カフェのオーナーに珈琲を一杯頂いてしまった。



イベントの片付けが終わって店の開店準備をする少し前、カランカラン、と鈴の音を立てて誰かが入ってきた。



黒のマスクをして、帽子も深く被ってるから、怪しい人だと思った。



カウンターの向こう側に居るオーナーが、「すみません。本日は開店時間までまだ少しありまして……」と出ていくことを要求する。


しかしその怪しい客はズカズカと店内に入ってきて、カウンター席に座る私の近くにやってきた。



足が長くて細くてスタイルがいいことから嫌な予感はしていたけど、近くまで来て確信した。



――――この人、ルイだ。



思わず身構える。



「あのっ……お、遅れてごめん。でもどうしてもこのイベント参加したくて、その、ゆきちゃんは俺のこと嫌かもしれないけどっ……ツーショットとか撮れなくてもいいしただ少しお話してくれるだけでいいから、」


「イベントは18時で終了だよ」



ピシャリとそう言って立ち上がった。


オーナーにお礼を言って、カップを返して、早足で店を出る。



時刻は19時を過ぎているのだ。こんな時間に来てイベントに参加したいと言われても、ルイじゃなくたって断っている。


あいつ、図太いにも程があるだろう。



自分が何したか忘れてるのかな?



文句を言いたい気持ちを抑えながら歩いていると、雪が降ってきた。



(傘持ってない……)



仕方なく閉店した店の入り口、屋根がある場所で雪が止むのを待ちながら、スマホを弄る。



何となく、“ゆき”の本アカウントからはブロックしているルイのTwitterを別アカから閲覧すると、アイコンとヘッダーが真っ黒になっていて驚いた。


つい数分前には【死にたい。イベント参加できなかった】というツイートがなされており、あからさまに病んでいる。



(失恋した女子中学生かよ……)



白けた気持ちでTwitterを閉じ、ブラウザで天気予報を検索しようとしていると、



「ゆきさん?」



男の子にしては高めの、イベントで聞いた声が少し離れた場所からした。

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