養いプラン
――――ヤバい。
トレイを急いで返し、逃げるようにして速足でカフェテリアを出る。
レポートどころではない。まさかこんなところで自分のオタクに会うとは思わなかった。
「待ってよ。ゆきちゃん」
いつの間にか真後ろまで来ていた男が私の腕を掴む。
プライベートでオタクと会うことはできれば避けたかった。
だってここは大学最寄りだし、この辺りの大学って一つしかないし、粘着質な相手なら特定を免れない。
でも捕まってしまったものは仕方ないので、立ち止まって男を見上げると、男は「ウッ」なんて呻いて心臓に手を当てよろける。
私はいつの間にか視線一つで相手を苦しめられるようになっていたようだ。
「……何?握手くらいならするけど」
この男、見た目は非常に怪しいが話し方柔らかいしさっき腕を掴んだ時も力を入れすぎないようにしてくれていたし、一応害はなさそうだ。
握手でもツーショでもさっさと終わらせて戻ろう。
「俺のこと分かんない?」
男はこちらを探るように覗き込んでくる。サングラスの奥の瞳がうっすら見えた。
分かんない? と聞かれても。会ったことあったっけ? と思い首を傾げると、追加説明がなされた。
「ルイだよ」
誰だよ、と思ったが、しばらくその名前を脳内検索すると、思い当たる節があった。
ファン数は1年目から徐々に増えていき今では5万人もいるため、いちいち有象無象を気にかけることはない。
しかし、割と初期からファンで居てくれているらしいフォロワーのルイという男だけは少し前から目についていた。
私のファンクラブにはいくつかの月額プランがあり、お知らせやTwitterに上げた自撮りを流す【無料プラン】とちょっと刺激的な動画のサンプルや私服の自撮りを公開する月額1000円の【ゆる推しプラン】、TwitterやInstagramに載せているものよりも際どい下着の写真などを載せる月額5000円の【ガチ推しプラン】、ガチ推しプランの投稿に加えて絆創膏と手のみで大事な部分を隠したギリギリの写真を毎月見られる月額1万の【貢ぎプラン】、そして――
特典で月に一回、一時間ほど私とビデオ通話ができる月3万の【養いプラン】がある。
私がルイという男を気にし始めたのは、最近出したこの人数制限ありの【養いプラン】でルイとビデオ通話したからだ。
このプランは先着順で10人のみという人数制限をしていた。だからこのプランに入っているだけでもかなりガチのファンであることは分かるのだが――よく確認すると、ルイはなんと私の全てのプランに入っていた。月4万6千円を私に貢いでいることになる。
因みにビデオ通話の時も何故か画面の向こうで大きめのマスクをしていて顔はよく見えなかった。
そこ室内ですよね? とツッこみたい気持ちを必死に抑えて愛想を振りまいた覚えがある。
「ああ……」
と遅れて思い出したことを伝えると、ルイの顔がぱぁっと明るくなった。
そして、私に1万円札3枚を握らせてくる。
どうしたどうした。どうした急に。
「さっきのカフェ、俺が来たからびっくりしてゆっくりできなかったんだよね?お詫び」
「あのコーヒーフロート、こんなに値段かかってないけど……」
「何言ってるの。生のゆきちゃんに会えたし、これでも安いくらいだよ」
生で会ったって言っても偶然だし、別にイベントを開いてるわけでもないからそんなことでお金をもらうのはポリシーに反するけど……まぁレポートに追い詰められてる限られた時間を邪魔された分のお金だと思って受け取った。
その後ちらりとルイを見る。サングラスとマスクで顔はほぼ隠れているが、私のファンの年齢層より若いように思えた。
お金に余裕あるんだなぁ。ボンボンの息子かな。
「最後に握手してもいい……?」
ルイがおそるおそる手を差し出してきたので握手しておいた。
ルイは私がその手に触れた瞬間「きゃあっ」なんて女子みたいな悲鳴を上げ、私の手の感触を味わうようにしばらく目を瞑ったかと思えば、「――ありがとう。」と凄いいい声で言って帰っていった。
私はルイがいなくなるのを見届けてからもう一度カフェへ戻った。
……臨時収入を得たし、一番高い飲み物でも買おうかな。
*
――私の名前は
ネット上での活動名は、ゆき。
職業、セクシー系ネットアイドル兼女子大生。
自己紹介しろと言われたらこの4つで完結するくらい、私のアイデンティティはネット上での活動にある。
Twitterで自分の写真をあげて稼いでいる女のアカウントを初めて見つけたのが5年前。
そのようなアカウントがありふれていることを知ったのも5年前。
自分も始めたのが3年前。
大学生になり一人暮らしが始まった頃だ。
その頃
FanMomは同人誌作成者やイラストレーター、コスプレイヤー、Vtuber、アイドル見習いなど各方面で活動するクリエイターにファンが支援できるサービスで、クリエイターとして支援を受けられる国内最大級のプラットフォームだった。
つまり、応援したい活動者に課金したりファンクラブに入会したり投げ銭したりすることができるサイトで、活動者はその見返りとしてイラストや写真集、ボイスなど自分の創作物をファンに与えるという仕組みが出来上がっている。
私はそのFanMomで自分のセクシー写真集や短いセクシー動画を高額で公開していて、サイト内では年間人気ナンバー1。
それでも現実世界で自分のオタクに鉢合わせることなんてなかったのに――。
(……珍しいこともあるもんだな)
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