ゆきちゃんしか好きじゃない!

淡雪みさ

FILE1. ストーカーVSストーカー

第1話

大学近くのカフェテリアの奥にある仕切られた空間の一席に座り、電源を使ってiPhoneを充電してノートパソコンを開く。


注文したコーヒーフロートを飲みながら急いで今日の夕方までのレポートに取り掛かる。


よりによってPDFファイル見開き20ページの文献を読み要旨を纏めて論点を見つけ、それについて自分の意見、具体例まで書かなければならないタイプの結構時間のかかる課題だ。


何故当日まで放置していたかと言うと、面倒だったからだ。



平日の昼間なのでいつもよりうんと人が少ない。


心地良いジャズが流れる店内にカタカタカタカタッと我ながらありえない速度でタイピングする音が響く。


……終わりが見えない……。


開始早々心が折れてパソコンの画面から視線を外し洒落た観葉植物がぶら下がっている天井を見つめた私は、しばらくそうしていた後、よしやるぞ、と思ってまたパソコンに向き直ろうとした――その時、こちらを見つめる人物の存在に気付く。



その男は注文の列に並んでいて、背が高くとても目に入りやすかった。


サングラスを着用しているので本当にこちらを見ているかは定かではないが、私の方を向いているし私が彼を視界に入れた途端にこりと笑って手を振ってきた。



「……?」



私の後ろに誰かいるのかと思って後ろを振り返るが、この辺りの席はスカスカで今は私以外誰もいない。



見間違いかな。


まあ知り合いだったとしても今の私はそれどころではない。


もう一度パソコンと対峙し、授業ノートを広げて確認事項をチェックする。



そうこうしていると、不意にふわりと香水の匂いが漂った。


顔を上げると先程私に手を振っていたサングラスの男がコーヒーフロートの乗ったトレイを持って立っている。


そして私に向かって挨拶をした。先程ははっきりとは分からなかったけど、今度は明確に私に向けて。



「こんにちは。」



やばい、誰だ……。


ただでさえ人の顔と名前を覚えるのが苦手な私。


そのうえネット上での活動が忙しくなって二つのサークルに所属していたにも関わらず短期間でどちらもやめているため、中途半端な顔見知りは結構多いのだ。


過去に所属していたサークルの先輩とかだったら失礼のないようにしないと。



「……こんにちは」



私が挨拶を返すと、男はにこりと笑って私の前の席に座った。


そしていよいよサングラスを外す――色素の薄い目、キリッとした眉、パーツの形も配置も完璧、肌も綺麗――いわゆる眩しいほどの美形が現れる。



……やばい、本当に誰だ…………。



「何について調べてるの?」



イケメンの視線が私がテーブルに広げているノートに移る。



「あー……えっと、」



最早この人が先輩なのか後輩なのか同級生なのかも分からないから、敬語を使うのが正解なのかも分からない。それ故にまともに返事ができない。



「教育クライシス特集か。この人の書く意見、毎回面白いよね」


「……専門の方、です、か?」


「君の勉強している分野は一通り勉強してみただけだよ」



ん?と思って聞き返すよりも先に、



「ねえ、」



男が私の顔を覗き込み、ゆっくりと口角を上げて薄く不気味に笑う。

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