The Biginning

 午後五時を過ぎて、佐々木仁美がソワソワし始めた。オフィスの壁にかかっている時計をチラリと見て、弧を描く秒針のスピードに注目している。職場の同僚たちや上司の仕草が気になっていた。自分の仕事はやり終えているので、デスクの上はすでに片付いている。

「ねえ、もう来てるんじゃないの」

 同僚が窓のほうへアゴを瞬間的にしゃくって、意味ありげに笑みを浮かべていた。 

「俊君、せっかちだから」

 仁美は隠さない。かえって、自慢げに口元に笑みを浮かべた。

 課長がセブンスターに火を点けた。舌で煙を押し出し、丸い輪っかを三つほど作る。もう席を立っていいと判断し、おつかれさまと方々に声をかけてタイムカードを押し込んだ。急ぎ更衣室へと向かい、手早く着替えて外へと出た。

 仁美がOLをしているガス会社の前には、サバンナRX―7が停止していた。発売されたばかりの新車であり、その黄色が眩しいスポーツカーの助手席に乗り込んだ。

 車内はポマードの匂いがムッとするほど充満していたが、仁美は気にしないようにしていた。

「待たしてごめん、俊君」

「ぜんぜん待ってないって」

 仁美が乗り込んでも、そのスポーツカーは発進しない。ただしエンジンは回っているので、アイドリングを維持している状態だ。

「なあ、いくらか貸してくれないか。マフラーの調子が悪いんだよ」

「どれくらい?」

 あまりないけど、と付け加えるが、今日が仁美の給料日であることを俊君は知っている。

「三枚くらいでいいよ」

「三千円?」

「いや、聖徳太子のほう」

 一瞬手が止まったが、バックらからしぶしぶ給料袋を取り出した。中身を取り出そうとすると、俊君がその袋ごと奪い取ってしまう。

「あ、ちょっと」

「いいから、いいから、来月には返すからよ」

 一万円札を三枚のはずが五枚取られてしまった。お札を握りつぶすようにしてジーパンのポケットへねじ込んだ。さすがに文句を言おうとする仁美だが、車が急発進して体勢が崩れてしまう。ベッタリと塗られたポマードと俊君の吐き出すニンニク臭さに嫌気がさして、お金をとり返す気力を失ってしまった。

「家に生活費を入れないとならないから、早めに返してね」

 俊君からの返事はなかった。その夜は喫茶店でインベーダーゲームをした後、ドライブをしてから送ってもらった。



「ただいま」

 午後九時を過ぎて仁美が帰宅した。

 彼女は2DKのアパートで、妹の和美と母親の三人で暮らしている。父親は三年前にサラ金に多額の借金をして家出してしまった。残った家族三人が働いて必死に返済をしている。

「おかえり」

 母親が迎えた。いつもより視線が多めだった。

「お母さんごめん、今月あんまり入れられないわ」

 そう言って、財布から二万円を取り出して食卓の上に置いた。母親はしょんぼりして見ている。

「あさって支払い日なのにどうしよう。三万円持っていかなきゃならないのに」

「これ使ってよ」

 奥の部屋から妹の和美が来て一万円を渡した。そして、キッとした目で姉を睨んだ。

「家に入れるのは五万円って約束でしょ」

「だから、今月はあんまりないんだって」

「また、あの男に貢いでるんでしょ。なにさ、不良のチンピラじゃないの」

「俊君を悪く言わないで」

 仁美がロクでもない男に入れあげていることは家族にバレている。とくに、父親のだらしなさで苦労している和美は苛立っていた。

「あいつ、面食いなだけだよ。お姉ちゃん、きれいだからね」

「そう、わたしはきれいだから。俊君は、いつもそう言ってくれるのよ」

 妹の嫌味にも仁美は気にしていない。たしかに、彼女は妹とともに十分に美人の範疇である。本人の自覚も強く、周囲に対し鼻にかけている態度をとったりもしていた。

「そのうち、しゃぶり尽くされても知らないから」

 捨て台詞のようにそう言って、和美が出て行った。食卓の椅子に座り、冷めた餃子を食べながら、仁美はツンとすましていた。




「ノーパン喫茶って、最近話題になっているヘンなお店でしょ」

「まあ、そんなにヘンというわけでもないよ。けっこう稼げるらしいんだ。パンツを履かないでコーヒーやジュースを運ぶだけでいいんだよ。カラダを触らせるわけではないから、楽な仕事だと思う。信也が付き合っている女もやってるんだ」

 日曜日のお昼ごろ、パチンコ店の駐車場に車を入れて、仁美と俊君が話をしていた。 

「でも、そういうのって、やっぱりやだなあ」

「庶務の事務員してたって稼げないだろう。親父さんの借金だって利子を返すのがやっとだし、この先どうするんだよ。金がなければどうしようもないって」

「事務は得意だけど、ウエイトレスとかやったことないし、お盆も上手く持てないよ」

 ストリップまがいの仕事などやりたくないのが本音だ。

「仁美はきれいだからさあ、すんごくお客が来ると思うんだ。人気になってさあ、ファンもできるって。百恵ちゃんやキャンディーズみたいになるって」

「わたし、歌とかムリだし」

「だから、チラチラ見せるだけでいいんだって。子供でもできるよ。簡単なことさ。仁美は美人なんだから、もったいないって」

 俊君の推しが強かった。焦っている風でもある。ハッキリと断ってしまえば相当な不機嫌をあてられてしまうと、仁美は思っている。

「いちおう、考えてみるけどさ。事務も急に辞められないし」

「じゃあ、あした迎えに行くから」



 その晩、仁美は母親と妹に自分がノーパン喫茶で働くのはどうかと、軽い気持ちで投げかけてみた。本気度はほぼなくて、冗談のつもりが大半であった。

「バカなこと言わないでっ。姉がそんなことしているだなんて知られたら、恥ずかしくて歩けないわ」

「そうだよ、仁美。お父さんがあんなロクデナシだったのに、娘までいかがわしい商売をするなんて、親戚に顔向けできないでしょっ」

 非難轟轟であった。

「べつに、ホントにやるってわけじゃないよ。世間で話題になっているから、ちょっと言ってみただけじゃないの」

 母親と妹に責められて、仁美もさすがに反省するしかなかった。俊君へは明日断るることにした。



「ねえ、これからどこへ行くの」

 てっきりいつもの喫茶店に立ち寄るかと思っていたが、黄色いスポーツカーはその店を通り過ぎてしまう。仁美の表情が徐々に曇ってきた。繁華街を流して、とある場所で停車した。

「いいとこだよ。仁美にさ、稼げる仕事を紹介してくれるからさ」

「ここって、ヤクザの事務所じゃないの」

 そこは暴力団事務所があるビルの前だった。この街では知らぬ者はいないほど、近寄りがたい、という意味で有名だった。

「だから昨日言っただろう。もうさ、話はついてるんだよ」

「なんの話よ」

「ノーパン喫茶で働くって約束しただろう」

「そんな約束してない。なにいってるの」

「細かい話は中に入ってからにしよう。偉い人を待たせてるから断っちゃダメだよ」

 ここまでの流れで、仁美はどういう具合に扱われているのかを悟った。

「わたし、帰るから」

 身の危険を察して素早く車を降りた。機転が利いていたのは、立ち止まらずそのまま走ったことだ。俊君はエンジンを切るのにもたついて、車を出た時には仁美を見失っていた。

 


 そんな出来事があってから、仁美は俊君と会わないようにしていた。自宅に何度か電話があったが、母親や妹が対応して本人は居留守を使った。会社帰りに待ち伏せしてくると思われたが、あの特徴的な黄色いスポーツカーは現れなかった。もう諦めたのかと、警戒心が薄れてきた時だった。

「仁美じゃあないのさ。なにしてるの」

 会社帰りに歩いていると、知った顔が声をかけてきた。

「あ、うん」

 派手めの化粧が目立つ女がいた。俊君の友だちである信也が付き合っている登美子だ。前に何度か遊んだことがあった。

「久しぶりだよね、俊って元気なの」

「ええーっと、どうかな。わたしも会ってないから」

「やっぱりそうなんだ。仕事で岩手に行ったとかなんとか聞いたけど」

「へえ」

 あの男が遠い県にいると知って、仁美はホッとする。これで警戒しなくていいと、心の重荷がとれた気分だった。

「あたしさあ、いま変わった店で働いてるんだよね。ちょっと焼肉でも食べながら愚痴でも聞いてきいてよ。おごるからさあ」

「え、ああ、いいけど」 

 登美子はノーパン喫茶で働いていると、俊君が言っていた。そこへの強引な勧誘でストレスがかかっていたのだが、どういう仕事なのか話だけでも聞いてみたいと思っていた。喉元過ぎて熱さ忘れる、あるいは所詮他人事だとの油断があった。

「そこの駐車場に車停めたんだよ。焼肉屋までちょっと遠いから」

 登美子と並んで歩き出す。他愛もない話をしながら駐車場へと向かう。途中、狭い路地に入ってしまったが、なにも気にすることなくついていった。

「よう仁美、久しぶりだなあ」

「なっ」

 突然、廃スナックの陰から声をかけてきたのは俊君だった。とっさに後ろを振り返って走ろうとする仁美だが、退路にはもう一人の男が立ちはだかっていた。俊君の仲間である信也だ。

「おまえが逃げたおかげで、俺がシメられたんだ。もう手付をもらってたから、ひでえことになったんだぞ」

 仁美をノーパン喫茶で働かせる段取りができていた。俊君は紹介料をもらってしまっていた。ヤクザが仕切る店だったので、土壇場でのキャンセルは許されない。とくに下っ端ごときが金だけ受け取って反故にしたのでは、上の者のメンツにかかわる。  

「これを見ろ。鼻の骨が折れてまだ腫れてんだ。指もツメられそうになって、罰金を払ってなんとかなったんだ」

「わたしは関係ないわ。俊君がかってにやってたんじゃないの。いまの仕事でいいのっ、ヘンな店なんていかないんだから、グフッ」

 食ってかかる男へ、食ってかかる仁美の顔面に、食ってかかる男の拳がぶち当たった。口を直撃したために、上下の唇が切れてけっこうな量の血が落ちていた。

「うるせえんだーっ。ぜんぶおまえのせいだ。盃もらえるかもしれなかったのに、全部パーだ」

 そう喚きながら、汚い地面でうなだれている仁美の顔面を蹴り飛ばした。一度ではない。趣味の悪い革靴で何度もやっている。生まれて初めて受ける暴力の衝撃が圧倒的すぎて、仁美は抵抗することができないでいた。防御もせずに、為すがままにされている。

「おい俊、ここじゃあ目立つから中でやれって」

「ヘンな店で働いてて悪かったな、この糞アマ」

 登美子も激高し、地に伏せている仁美の頭髪を鷲づかみにして、何度も何度も振っていた。

 凄惨なリンチが始まった。ホコリとアルコールとカビ臭さが漂う廃スナックで、仁美はひたすら殴る蹴るの暴行を受けていた。俊君は罵倒し唾を吐きかけながら顔を殴った。登美子も甲高い声で罵りながら蹴りを入れて、その辺に落ちている物を投げつけていた。

「おい、こいつの顔見ろよ。ちょっとヤバいんじゃないのか」

 信也が仁美の襟首をつかんで立たせた。

 仁美の顔が酷いことになっている。両目付近は土偶のように腫れあがり、目を開けきれない状態だ。頬は青く内出血しており、皮膚が破れて血が滲みだしていた。唇は具の入りすぎた餃子のように膨れている。小顔の美人が、無残で醜怪な顔となった。  

「もし警察に言ったら、おまえの母親は行方不明になるからな。妹も暴走族にまわされてバラバラになるからな。わかったか」

 さんざんに脅迫した後、三人はゲラゲラ笑いながら廃スナックを出て行った。鼻歌交じりだったのは、自分らが捕まらないとの自信があったからだ。末端といえどもヤクザと関係があるというのは強みとなっていた。

 容赦のない加虐により仁美は放心状態になっていた。猛烈な痛みをどこか遠くで感じながら、夜の道を歩いて家路についた。




 先に夕食を済ませていた母親と妹は、変わり果てた姿で帰ってきた仁美を見て驚愕した。

「救急車を呼ばなきゃ」

 電話機にとび付く和美を、仁美があわてて制止した。

「いいにょ、にょ、めて。わたしは大丈夫だきゃら。二、三日寝ていればにゃおるから」

 とくに口の周囲の怪我がひどいので、活舌が悪くなっていた。啞然としている家族に、自分が誰になにをされたのかを話した。

「だったら、すぐ警察に通報して逮捕してもらわないと」

 またもや和美が電話機に手をかけようとするが、やはり仁美が止めた。

「だきゃら、ダメだってぇ」

 俊君がヤクザと繋がりがあること、さらにこの街の暴力団はとくに凶悪であり、一般人を襲撃する事件をしょっちゅう起こしていることが市民を縛りつけていた。

「もし警察にいっちゃら、お母さんと和美もただじゃすまにゃいって。ちゃぶん、ほんとうにやるから。さらわれてえ、行方不明になっちゃう」

 母親が怯えていた。妹も勢いをなくしてしまう。暴力への恐怖が諦めの境地へと収斂した。結局、なにもせずに時がすぎるのを待つしかなかった。



 三日ほどアパートで安静にしていた仁美だが、顔の腫れが引かず、かえって重症さが増してきた。青や赤だった内出血がどす黒くなり、重すぎる土偶の瞼は、ほぼ開かなくなった。口元がとくにひどくて、口の端から耳たぶへ向かって切れ目が入るように化膿している。

「これって、口が裂けてきているんじゃないの」

 心配した母親が病院へ行くように言うが、事件が明るみになることを嫌って仁美は頑なに拒否した。

「湿布を貼れば治るから」そう言って、床に伏せったままだった。

 症状が急激に悪化したのは、その晩である。苦し気に呻き出したかとおもうと、布団の上でバタバタと暴れ始めた。両手で顔をおさえて、尋常ではない声をあげていた。

「わたしの顔、わたしの顔」と、しきりに言う。自慢の美顔を気にしていた。

「大丈夫、お姉ちゃんはきれいだから。すっごいきれいだよ」

 和美がなだめるが、救急車がきて病院に着くまでうわ言を口にしていた。

「わたし、きれい? わたし、きれい?」

 仁美は、その日の深夜に死んだ。顔の傷から入り込んだ劇症型レンサ球菌が脳に達してしまったのだった。鎮静剤を投与されるまで暴ていたが、死に顔は穏やかだった。母親や妹、看護婦たちが、少しの間部屋を離れた時があった。

 すると、どこからか女子高生がやってきて、仁美の遺体のそばに立った。すでに冷たくなっている彼女の耳元でそっと囁いて、はにかむように見ていた。

 突然、病室全体が眩いばかりの光に包まれた。なにごとが起こったのかと看護婦が駆けつけたが、部屋の中に入るとなにも異常はなかった。仁美の葬儀は身内だけでしめやかにおこなわれた。




 和美は、恐山にいた。

 リュックを背負い、枯草と礫と石だらけの茫漠とした地を歩いている。天気は悪く、灰色に濁った雲が低く垂れて込めて、湿った雪が降っていた。足場が良くなくて、進むのに難儀している。雪が降っているのに霧もかかって、辛気臭いと同時に幽玄でもあった。

 唐突に気配が出現した。

「ハッ」として前を見ると、セーラー服姿の女子高生が立っていた。場所と気温を考えると、その服装は分不相応であり、ふつうに考えれば常識外だ。

「だれ?」

「ネコヤーですね」

「ネコ、屋あ?」

「猫屋敷華恋と申しますよ。ネコヤーと呼んでいただけるとありがたいです」

 訝しみながらも、和美は用心深く相手をする。

「それで、なんなの。私になんか用でもあるの」

「和美さんは呪詛を行ないましたね。霊場で呪の儀式を行うことは禁忌とされています。しかも、和美さんが呪いを負わせた呪物はとても邪悪で強力なのです」

「なんのことよ」

 見透かされていることに驚いていたが、ポーカーフェイスを装う。リュックのストラップを強く握りしめた。

「ねえ、どうして私の名前を知っているの。女子高生に知り合いはいないわ」

「あなたのお姉さまがとても心配していますね。無茶なことをするのは良くありません」 

「姉は死んだわ。さんざん貢いできたのに、すごく美人だったのに、チンピラに嬲り殺されて、最後は腐った豚みたいになって死んだんだ」

「お姉さまは容姿も心も美しいかたですよ。ネコヤーが導けて良かったです」

「導くって、あの世のこと? あなたは、なに。ひょっとして死神なの」 

「ネコヤーは死神ではないですね。そう思われるのは心外なのです」

 華恋が困った顔だ。和美は二呼吸ほど見つめていたが、無視することに決めた。黙って女子高生の横を通り過ぎた。

「誰に呪いをかけようとしていますか。ネコヤーとしてはやめてもらいたいと思います」

 和美は立ち止まらないつもりだったが、対抗心のような感情が沸き上がった。

「お姉ちゃんを死なせた、あのチンピラよ。私の呪いで、ありえないほどの苦しみを味わわせてやるわ。脳ミソが溶けて、鼻から垂れ流すほどの恐怖を与えてやるんだ」

 男のような野太い声で言った。強迫的な意志を感じさせた。

「リュックの中のモノをネコヤーに渡していただけませんか」

 和美が敵対的な眼で睨みつけるが、華恋にひるむ様子はない。

「呪詛の影響は底が知れません。ことわりを逸脱した力は、あらゆるものにとって、呪いそのものにとっても未知となります。和美さんのご希望がいちじるしく湾曲されてしまうことが予想されます。とくに未熟なものが扱う場合は、危険でしかないのです」

「私は未熟者じゃない。遠い親戚だけど、呪詛を知っている坊主がいるんだ。私をね、さんざん抱かせてやったから呪物をくれたんだ。そして、いろんなことをしてやったら、いろんなことを教えてくれたさ」

 和美が背負っていたリュックをおろした。目線は華恋を射貫きながらも、手を突っこんで中からあるものを取り出した。汚らしい麻布で作られた、人体を模した人形である。

 それを手にしたまま、つかつかと歩き出した。華恋の前まで来ると、パッと瞬間的に手を伸ばして引っ込めた。すかさず後退して距離をとる。

「あんたの髪の毛、少しもらったから」

 引き抜いた数本の頭髪を華恋に見せつけてから、その人形に絡みつけた。

「手首を折るけど、悪く思わないでよ。あんた、どうせ人じゃないんでしょ、死神さん」

 そう言って、ボロ人形の右手首をひねった。同時に華恋の右手首があらぬ方向へ捩じれた。

「私の邪魔をすると、今度は首を引き抜くから」

 呪いの恐ろしさを知らしめた和美が去ってゆく。華恋は追いかけない。折れてひん曲がった右手首を見下ろす顔は無表情だった。




「おい、あの女の妹がここにくるのか」

「ああ、車のフロントガラスにメモ紙が貼ってあったよ。ガムテープを使いやがって、剥すのに苦労した」

 俊君と信也は街外れの廃墟病院にいる。そこは数年前に大火事となって閉院になった中規模の医療施設だ。鉄筋コンクリートの外壁はさほど傷んでいないが、ほとんどの窓ガラスは割れていた。内部は焼けただれた焦げ跡にゴミが散乱していて、内壁には卑猥な落書きだらけだ。月明かりはあるが存分に暗いので、二人は懐中電灯を持っていた。

「それで、なんの用だって」

「死んだ姉の賠償だとか書いてあったな。無視するなら新聞社に駆け込むってよ。死亡診断書があるってことだ」

「で、どうするんだ」

「まあ、ヤキを入れて逆らえないようにしてやるさ。たしか妹のほうが顔はよかったから、ノーパン喫茶で働かせもいいな。今度こそ金をもらえるってもんよ」

「しくじるなよ」

 夜の廃墟病院の屋上で、二人の男たちが背中を丸めて話していた。外気は十分に冷えていて、二人の息が白くもやっているのはタバコのせいだけではない。 

「遅えなあ」

「まさか、仲間を連れてくるんじゃねえだろうな」

「いや、それはない。この街で俺たちに逆らえるやつらなんていないだろう」

 末端といえども暴力団組織に属しているので、その界隈の事情にはあざとく詳しい。 

「それにしても寒いな。うわっ」

 俊君がブルっていると、いきなり髪の毛を引っぱられて後ろへのけ反ってしまった。忍び足で近づいてきた女の手には、ポマードだらけの頭髪があった。

「てめえ、なにしやがる」

 懐中電灯で暗闇を照らした。いつの間にか女が来ていた

「これであんたは終わりだ。呪い殺してやる」

 和美だった。ボロ切れの人形にポマードだらけの臭い頭髪をくっ付けて、これ見よがしに突き出していた。

「は?なんだそれ。まさか、呪いの藁人形かよ」

「バカか、こいつ」

 男たちはせせら笑っている。和美も負けじと妖しい笑みを浮かべた。

「チンピラ、まずはおまえの足を折る。痛みの中でお姉ちゃんの無念を思い知れ」

 そう言って、ボロ切れ人形の右足をグイッとひねった。

「どうだっ」 

 美人顔の瞳が、ある種の期待で大きく見開いた。彼女の脳内に感情がバグるほどの麻薬物質があふれている。 

「あ?」

 しかし、俊君にはなんらの異変も起きていなかった。バカにするようなうすら笑いをしているのが、眩しさの中でもわかった。

「なんともないけどな」

「この女、イカれてんな。お仕置きしなきゃなんねえんじゃねえか」

「だな」

 男たちが近づいてくる。懐中電灯を消しているが、わずかな月明かりだけでも十分なようだ。その性根にふさわしく、暗闇での悪行が好みなのだ。

「なんでよ、なんでよ」

 ボロ切れ人形の手足を折り、しまいには叩きつけて必死になって踏みつける。心は焦ってパニックなりかけていた。脳内麻薬が切れたさいの代償は高くつく。ポマードのニオイがとてもきつく感じられた。吐きそうだと和美が感じた刹那、顔面に衝撃が走った。

「おらよっ」

 俊君の拳をまともに顔で受けて、和美はぶっ飛んでしまった。鼻の奥が激しくツーンとして、コンマ一秒ごとに痛みがリアルとり、ありえないほどの激痛となった。神聖不可侵であるはずの無垢な神経を、鋼鉄のハンマーでおもいっきりぶっ叩いたような衝撃に喘いでいた。

「なんだこいつ、パンチがそんなに効いたのか」 

「おい、魚みてえに跳ねてるぜ。まな板の上のなんとかかよ」

「まだまだだ。俺はイライラしてんだよっ」

 倒れ込んでジタバタしている和美の顔めがけて、俊君の踵が落とされた。柔らかくて端麗な美人顔が、硬質の革靴でズタズタにされている。

「グフッ、ギャフッ」

 人の喘ぎというよりは、ケモノの断末魔に近かった。和美は人が耐えられる量をはるかに超えた激痛に苛まれている。ふつうであればショック状態になって死んでいるはずだが、彼女に死への逃避は許されていなかった。

「の、呪ってやるー」

 呪いの効力が強力に発揮されている。和美がおこなった呪詛は、しっかりと作用していた。

「俺に呪いなんて効かねーんだよ」

 ただし呪い殺したいほど憎い相手にではなく、自分自身にである。痛みが天井を突破しているのは、その不可知で邪悪な力のせいなのだ。

「俊、あんまりやると死ぬぞ」

「知るかっ」

 暴力を続けていると勢いがついてしまう。チンピラの嗜虐心がメラメラと燃えていた。サッカーボールで遊んでいるように、今度は体を蹴りだした。そのたびに尋常ではない痛みが和美を襲う。衝撃というより、高電圧の電撃や雷撃に近かった。それほどまでに呪いは容赦がなかった。

「すっかりブスになっちまったな」

 髪の毛を鷲掴みにして和美を立たせた。さんざんな目に遭い、恐怖と痛みに晒された女は、もはや反抗する気力が失せていた。強烈なポマードの匂いと吐き出されるニンニク臭だけが脳裏に焼き付いている。

「まだやられたいか。おまえ、ここで死ぬか」

 俊君にそこまでする気はないが、ボコボコにされた女の心にはキツイ響きであった。腫れすぎた顔が凍りついている。次の段階は、チンピラの常套句だ。

「じゃあ、俺に迷惑料を払えよな。そうだなあ、とりあえず百万円だな」 

 借金だらけの和美に、その金額は用意できない。

「まあ、払えないよな。じゃあ、仕事を紹介してやるからよ。ノーパン喫茶な。顔が治ったら働けばいいんだ」

「いやだ」

 絞り出た和美の声は、ハッキリと拒否を示した。 

「おまえ、顔を刻まれたいのか」

 俊君の左手にはナイフが握られていた。和美の顔にゆっくりと近づけて、さらに頬に当てた。廃墟の屋上は暗闇だが、冷たい感触がその凶器の鋭さを教えていた。

「しっかし、こんな人形で呪いとか、小学生かよ」

 信也がボロ切れ人形を拾った。そして、なんとなくというふうに左手の先を動かしてみた。

「おわっ」

 俊君が大声で叫んだ。ビックリした信也の懐中電灯が二人を照らした。光の輪の中に和美の顔があった。その腫れあがった頬に拳が当たっている。ナイフが握られていたが、刃先が見えない。

「手が勝手に動いた。どうなってんだ、これ」

 ナイフが和美の頬に刺さり込んでいた。刃は小指ほどの長さしかないが、頬を貫くには十分だった。

「ぬ、抜けない、抜けないぞ」

 しかも、どういうわけか抜けないようだ。フンフンと唸って踏ん張るが、左手は和美の頬を押し込んだままだ。

 彼女は無言である。頬に激烈な痛みがあり、それゆえに身動きができなくて、声もだせない状態だ。見開いた瞳が患部を見ようとして、和美の目玉が白目になるまで下に落ちていた。

「もしかして、この人形か。こいつのせいか」

 信也がボロ切れ人形を捨てた。とたんに俊君の左手が軽くなる。少し力を抜いて、そのままゆっくりと引き抜けばよかったのだが、彼もパニックになっていた。気合を込めて横へ引いてしまった。和美の顔からナイフは離れたが、そのあとは悲惨に尽きた。

「ギャアアアアアアーーーーーーーー」

 凄まじい悲鳴だった。

 耳をつんざくどころか、鼓膜やリンパ管を破壊するほどのけたたましさだった。信也が懐中電灯で照らし、俊君も懐中電灯をあわてて拾い上げて向けた。

「・・・」

「あ・・」

 膝をついて両手をだらりと下げて、男たちを見上げていた。

 右頬が耳の近くから口の端までパックリと割れていて、血がダラダラと滴り落ちていた。なにかを言おうとしているが、血液があぶくとなってしまい聞き取れない。きれいな歯並びが真っ赤に染まっていた。

「ガアーーーーー」

 突如として和美が立ち上がった。そして両手をデタラメにぶん回して、裂けた口から血泡を飛ばしながら俊君へ突進した。

「うわっ」

 男が寸前のところで躱すと、女はつまづいて倒れ込んでしまう。いまになってダメージが圧し掛かってきたのか、立ち上がれずに呻いていた。そこへ錆だらけの鉄パイプを持った男たちが襲い掛かる。

「バケモノ女めっ」

「くたばれ」

 そうして容赦なく滅多打ちにされた。腕や肋骨や鎖骨が折れてもまだ殴打は続いた。男たちが疲れ果てるまでに相当なエネルギーを費やした。

 和美は、うつぶせに倒れて動かなくなった。たかぶった呼吸が整うのを待って、信也が女の様子を窺う。

「死んだのか」

「いんや、まだ息がある」 

 瀕死の重傷であったが、まだ生きていた。チンピラ二人は加害者に特有の考えに至る。

「こいつ、どうするよ。オレはムショにいきたくねえ」

「ここから落とそう。下はコンクリだし、四階だから確実に死ぬ。飛び降り自殺したことにすればいい」

「ああ、そうだな。飛び降りなら死体がムチャクチャになるからな」

 それぞれが両手両足を持って、「せーの」で屋上から放り投げた。和美の体は、途中でベランダに激突し、二度ほどバウンドしてから地上に激突した。四肢があらぬ方向へ折れ曲がり、首の骨が折れて瞬時に絶命した。切れ長の瞳が、カッと見開いて真っ暗な空を見ている。あらかじめ脱がせておいた靴を屋上の縁にそろえ、あのボロ切れ人形を投げ落とすと、男たちはさっさとその廃墟をあとにした。




 天使は舞い降りた。 

 冷たい雨が降り始めた廃墟病院の敷地に、華恋がそっと足をつけた。ひどく損傷した遺体のそばで話しかける。

「あなたは死んでしまいました。残念ですが、呪詛に手を染めてしまったので、いくらネコヤーが天使でも、天国へ導くことはできません」

 腐った魚の目玉がギョロリと華恋を見た。氷のような雨粒が顔の出血を洗い流し、口元から大きく裂けた箇所が露わとなる。

「私は憎い。憎くて、憎くて、死にきれない。憎しみで胸が張り裂けそうだ、クウウウウーーー」

 和美の魂が訴えていた。その声は十分すぎるほどに伝わっている。

「亡霊として彷徨う時が続きますが、耐えてください。心のありようが相応しくなれば、ネコヤーが迎えに来ます。長くかかりますが、必ずお姉さまに会えますよ」

 天使のささやきは安らかさに満ちているが、しかしながらこの事例では効果が期待できないようである。

「憎い、憎い、憎い、憎い、憎い。すべてが憎い。この世界のなにもかもが憎い」

 不穏な気配が醸成されている。四方八方から邪なモノが近づいてくるのを華恋は察知していた。

「それ以上、怨念を募らせてはいけません。人としてあなたが培ってきた良きことが、すべて無きことになります」

「うるさい、五月蝿い。天使ごときに私の恨みがわかるか。この焼けつくような憎しみがわかるのか。打ち砕かれたこの体を見ろ、裂けたこの顔を見ろ、このザマをしっかり見ろ。天使がなにをしてくれた、誰が私を助けてくれたっ」

 雨が強くなってきた。風も吹きつけてきて嵐の様相である。遠くの闇空に稲光が走っていた。

「天使がなんだっ。私は死なない。この恨みのために死ねない。この憎しみのために生き続ける。どんな姿になろうとも、現世に存在し続ける。未来永劫、私の呪いが止むことはないんだ」

 ひどく悪辣な空気が充満し始めた。華恋が四方を見渡し闇の奥を凝視した。かつてないほど視野を鋭くさせている。

「あなたを殺した者たちは、その悪行のために命を絶たれます。地獄に堕ちるでしょう。あなたが恨みを募らせても、そう遠くない未来には無意味なものとなります。あの者たちのために、あなたの魂を腐らせてはいけません」

 死者の魂はなにも返さない。沈黙しているのは、運命が天使の手中にないことを知っているからだ。

 死体が微笑を浮かべていた。周囲の邪悪なざわめきが最高潮に達した時、華恋が叫ぶ。

「大天使聖ミカエルの麾下、猫屋敷華恋が命じる」

 周囲を睥睨し、その可愛らしい顔からは、かけ離れた眼力で威圧していた。

「卑しき性根の餓鬼たちよ、汚猥に巣食う猖獗どもよ、ここより立ち去れ。天使の目視から消えよ。天使の吐息に触れるな。天使の言霊に抗うな」

 そこへ集まりし悪しきモノたちは、確固たる実体を持たない負のエネルギー体である。憑依する体を求めて和美を目指していた。ほどよく熟された怨念と一体となり、化け物となって顕現しようとしているのだ。

 すでに災厄が形成され始めていた。見るも無残で呪わしい形状のなにかが、次々と出現した。呪物であるボロ切れ人形から多くが生み出され、ムクムクと巨大になった。華恋が剣を持って構える。

 それらは産声をあげると同時に襲い掛かってきた。華恋の動きは素早くも豪放であり、鉄血と言っていいほど容赦がなかった。肺腑をえぐり体液をまき散らし、とにかく斬って斬って、斬り捨てた。

「チッ」

 美少女がオッサンのように舌打ちした。叩き斬っても、叩き潰しても、それらはなくならない。おぞましい姿は見えているが、しょせんは呪物を通して現れた異物でしかないので、生命という核にはなれないのだ。バラバラにされると液状に溶けて蒸発してしまう。

「くっ」

 ペリカンほどもあるハエが華恋の左肩に噛みついた。巨大なハエではあるが、顔の部分はトカゲであり、サメのような歯が並んでいた。すぐに振り払おうとするが、ほかの異物たちが攻撃してくるので隙ができてしまった。

 ベリッ、とイヤな音を立てて腕が噛み千切られてしまった。それでも華恋は意に介さず、戦い続ける。華奢な腕から振り下ろされる豪剣によって、それらは粉々になって最後は蒸発して消えてなくなった。

 天使の腕をくわえたハエトカゲが空から落ちてきた。強烈な握力で首を絞められて、地上に落ちると同時に首がもげた。ドタバタと藻掻いたあと、ドロドロに溶けて蒸発した。腕は持ち主へと戻ることなく、付近の異物につかみかかり躊躇することなくえぐっていた。

 数多くの異物が華恋を攻撃している。大半は薙ぎ払っているが、直撃を食らって噛みつかれる場面もあった。左の鎖骨と首の肉をもっていかれて、不機嫌そうにつぶやく。

「キリがないですね」

 背中の翼を展開すると、氷雨が降る闇へと飛び立ち、クルクルと螺旋を描きながら上昇する。数十体の異物がすがるように這い上がってきた。さらに神速で上昇すると、廃墟病院が米粒に見えるほどの高さで止まり、右腕に持った剣を掲げた。

「ハアアアァァァーーーーーーッ」

 天使による渾身の気合が、十分に帯電していた空と同期し、とんでもない圧力の雷を纏っていた。

「フンッ」

 剣が振り降ろされた。

 稲光が極太の帯となって真下へとつっ走った。すると無数に産み出されていた有象無象の異物たちが瞬時に焼き切れて、蒸発した。あのボロ切れ人形には剣そのものが突き刺さり、電撃のためかメラメラ燃えていた。

 依り代がなくなり、異物の生産は止まった。ただし邪なエネルギーの集合が治まったわけではない。とびっきり巨大で瘴気まみれの邪気が近づいていた。 

 華恋が舞い降りる。

「その魂に触れてはいけない。ここより去れ、不浄の輩よ」

 天使の制止は、だがしかし効果がなかった。とんでもないモノが和美の死体へどんどんと吸い込まれてゆく。

 離れていた華恋の左手が戻ってきた。あらためて両手で剣を握るが、振り下ろされることはなかった。もし強力な斬撃を発動すれば、和美の魂ごと破壊してしまう。天使の猫屋敷華恋には、それは許されていない。

 すべてが死体に吸収された。折れ曲がっていた手足がゴキゴキと不気味な音を響かせながら元通りとなる。仰向けに倒れていた女の体が脈打ち、波打ち、ガクンガクンと跳ねていた。

 大の字になっていた女が、すーっと起き上がった。まるで見えない手で背中を押されたように、滑らかな起立であった。

「私は死んでいないよ、天使さん。ほら、この通り元気いっぱいなのさ」

 そう言って、あははははと高笑いした。

「申し訳ありませんが、もう一度死んでくださいませんか。いまのあなたはイレギュラー過ぎるのです。この世に災厄を引き起こす最悪な存在となりますので、どうか死んでください」

 華恋の声には張りがなかった。

「せっかく生き返った可哀そうな女の子にさ、天使が死ねっていうのか。チンピラに襲われていたのを知っていただろう。助けてもくれなかったくせに。無敵の力があるのに見ているだけだったんだ」

 数十か所におよんだ骨折は完全に治癒していた。顔の腫れもひいていて、ただ一か所を除いては元通りの美人顔となっている。

「もはや、あなたは人ではないナニかとなり果てました。とても残念です」

「恨みぬいてやるんだ」

 彼女の右頬は口端から耳元まで裂けていた。それは元通りになることなく、痛々しいを通り越して禍々しく目立っていた。

「恨んで恨んで、恨みぬいてやる。姉や私が味わった痛みを味わうがいい。痛めつけられる恐怖を想像するがいい。この世界に心休まる場所などないのを、耐えがたい苦痛をもって知らしめてやるんだ」

 女が足元に落ちていたガラス片を拾い上げた。それは鋭角な直角三角形であり、包丁の形状に似ていた。尖った先端を左頬に突き刺した。ひどく冷たい目玉が華恋を見ている。

「ギャアアアアアアーーー」

 頬を口まで裂きながら、魔物のような悲鳴をあげた。激痛に苛まわれているわけではない。その逆の感情の発露なのだ。

「あはははは。見ろ、私の顔を。神にも天使にも見捨てられた、貧乏で哀れな女の顔を。いいか、この顔が人の世に恐怖と絶望を与えるんだ。不条理が誰にでも襲いかかると教えてやる。愛も希望も偏っている。怨念だけが平等なんだとな」

 口が耳元まで裂けた化け物が言った。しばし天使を睨みつけたてから背中を向ける。足元に落ちていた医療用マスクを拾い上げると、嬉々として装着した。そして真夜中の廃墟病院を出て行った。

 華恋は追わない。勢いが衰えた氷雨を、ただつっ立ったまま受けていた。




 繁華街の裏路地。

 深夜となり、接待で疲れたサラリーマンが終電に乗ろうと歩いていた。

 ふと見上げると、目の前に髪の長い女がいた。マスクをしていたが、切れ長なのにパッチリとした目が相当な美人であることを予感させた。

「ねえ、私、きれい?」

 吐息を吹きかけるように言われて、男はうっとりとして頷いた。

「そう、これでも?」

 女はもったいぶったようにゆっくりとマスクを外す。驚愕の表情で立ちすくむ男は、悲鳴すら残さなかった。

  


 


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