化け物語

 お昼休みが終わったばかりの砦東高校二年三組の教室。

 午後の授業は世界史からであり、その科目の担当で二年三組の担任である古田が左手にぶ厚い教科書を持ちながら、近所を散策するようにクラスを縦断していた。

「いいかー、イギリスのスチュアート朝の国王や指導者はチェックしとけよ。ここは試験によく出るからな」

 古田の足が教室の中ほどで止まった。ある女子生徒をじっと見下ろしている。

「くーぴ~、く~ぴ、むにゃむにゃ~」

「ネコヤーちゃん、ネコヤーちゃん。起きなよ、先生が来てるって」

 猫屋敷華恋が熟睡していた。机に上体をつっ伏せて、鼻水を膨らませたり縮ませたりしている。隣の席の女子生徒がシャープペンでツンツンしながら呼びかけるが、まどろみの海から出ようとはしない。

「鼻ちょうちん、初めて見たわ。マンガの世界だけかと思っていたぞ」

 古田がそうつぶやくと、あちこちから、クスクス、フフフフ、と爆笑の初期微動が起こっていた。

「おい、転校生。いいかげんに起きろ」

 ぶ厚い教科書で、華恋の頭をポンと軽く叩いた。

{ぷふぇ}

 予期せぬ発射音が響いた。華恋による寝ながらの放屁であった。

 一瞬、クラスの集中力が極限まで高められた。三秒後、大爆笑となって教室中がどよめいた。

「ギャハハハ」

「ぶっはっはっは」

「めっちゃウケるー」

 笑いの竜巻が吹き荒れる中、華恋がようやく目を覚ました。

「ネコヤーちゃん、よだれ、よだれ」

 またまた隣の女子生徒が呼びかけた。口の端からよだれが垂れていて、それを手の甲でグイッと拭う。とびっきりの可愛い顔が呆けていて、まだ夢見心地のようである。

「猫屋敷は放課後職員室に来い。それとマラソン大会が近いから、月曜の朝は全員早朝ランニングだ。いつもより四十分早めに来い」古田が大きな声で言った。

「えーっ」、「マジかよ」と悲鳴にも似たブーイングの嵐となり、華恋の粗相が忘れ去られてしまう。朝早くにマラソンの練習をするという熱血指導は、このクラスだけだ。

「夢の中でネコヤーが焼きイモを食べていたら、なんだか焼きイモの匂いがしますね」

 ほのかに匂う自らの残り香を感じて、華恋がつぶやいた。

「うん、イモのライブ感がハンパなかったわ」

 隣の女子生徒が容赦なく言うが、華恋はあくまでもプラス思考だ。

「ネコヤーはがんばりましたね」

「あのタイミングでがんばらなくてもいいんだけど、古田先生には感謝した方がいいよ。ネコヤーちゃんのやらかしから話題を逸らしてくれたのだから」

 満面の笑みを浮かべてうなずく華恋を見て、こいつ、わかってないなと思う女子生徒だった。



 2


 放課後となり、担任の言いつけどおりに華恋が職員室へとやってきた。

「しつれい、しま~すね」

 叱られることがわかっているため、悪さを隠す猫のような忍び足で入室する。

「ええっと~、古田先生は~、いないよ~です。ネコヤーは帰りますよ~」

 古田の定位置に彼の姿がない。留守であるということを言い訳にして、帰ろうとした時だった。

「ですから教頭、棚橋たちはがんばっているんです。自分たちでバイトして楽器を買っていますし、毎日練習もしています」

「古田先生、そうはいっても軽音部ってアニメの歌や流行りの曲をやってるんだろう。しょせんは遊びの延長だよ。そんなものに公費は出せんって」

「流行りの曲もやりますけど、ジャズやクラっシックも演奏しますよ。部活動として認めてもらえれば、もっともっと活動がひろがります」

「いやいやクラシックはないだろう。エレキギターでやるっていうのかい」

「大森のギターと秦野のドラムでベートーベンの{月光}をやりますよ。一度、聴いてみてください。メタル調ですけど絶品ですから」

「まあ、同好会としてカラオケボックスでやるのがいいんじゃないか。もちろん自費で」

「教頭、教室も空いていますし、これも教育の一環です。将来、あいつらがプロのミュージシャンになったら、わが校に凱旋してくれます。テレビ局が取材に来ますよ。部活動として認めてください。お願いします、お願いします」

「生徒のことになると、君は熱いねえ」

 バーコードな禿げ教頭に向かって直立不動となり、古田が勢いよく頭を下げていた。相手はいかにも迷惑そうな表情だが、おかまいなしに何度も何度も懇願する。

「とにかく、予算は限られているんだ。今年は吹奏楽部が金賞とりそうだから、少しでもそちらに回したい。この話は、もうナシだからな」

 両者の話し合いは終わった。教頭は職員室を出て、古田は自分のデスクへと戻った。途中、ウロウロしているセーラー服の女子生徒を見つけて、こっちへ来いと手招きした。華恋が渋々近づいていく

「くそう、ドケチハゲめ」

 その悪態は、薄毛に対する差別発言である。思わず本音が漏れたのだ。華恋はあっちを向いて知らんぷりをしている。

「猫屋敷―っ」

 機嫌の悪さが華恋に向かってきた。

「おまえは、いつもいつも居眠りばかりして、やる気があるのか。高校生活は人生で一度きりしかないんだぞ。しっかり勉強して、いっぱい遊んで、たくさん友達をつくれ」

 プラスチックの透明な定規で華恋の尻をバシッと叩いた。

「はうっ」

 お尻を押さえて右に三歩ほどカニ走りして、そこで一つため息をついてから戻ってきた

「ヘンな声が出ちゃいました。って、いまのはセクハラですね。教育者としてあるまじき不道徳行為となります。ネコヤーノートに記載しておきますよ」

「授業中に屁をするほうがよっぽど不道徳だぞ。しかも寝ながらの、スカシッ屁だ」

「ネコヤーは、スカしていません。ちゃんと主張しましたよ、ぷふぇ、って」

 腕を組んで、偉そうな態度で抗議する。

「音がある、なしの問題じゃない。なにを言っているんだ、おまえは。バカ者め」

 バシッと、手加減なしの定規ビンタが尻を叩いた。

「はうっ」と、またもやヘンな声を出しつつ職員室を小走りで縦断した後、後ろの扉から出て行ってしまった。

「あっ、逃げやがったな」

 追いかけようと席を立とうしたが、その時、別のドアから男女五人の生徒が入ってきた。古田を認めると、駆け足で近づいてきた。

「先生、部活の話はどうなりましたか」

 彼ら彼女たちが軽音部を立ち上げようとしていた。心配そうな顔を並べているが、古田は笑顔で言う。

「心配するな。さっき教頭に話したらOKをもらったよ。砦東高校に軽音部ができるぞ。ちゃんと予算もつくから、合宿も遠征もありだ」

 眉間にシワを寄せて不安そうだった生徒たちの表情が、パッと明るくなった。

「やったー」

「ありがとうございます。めっちゃうれしい」

「私たちのためにやってくれたのは、古田先生だけです。顧問にもなってくれて、ほんとうにありがとうございます」

 しばし喜びを分かち合った後、生徒たちが横一列に並んで、あらためてお辞儀をした。深々と整っていて、感謝の気持ちがたっぷりと含まれていた。

「でも、いますぐとはいかないぞ。なにごとにも手続きがあるからな。とりあえず、明日にでも仮の部室を用意しておくからな」

 生徒たちに異存はない。いまにも跳びはねてしまい気分である。

「おまえら、限界まで青春しろよ」

 古田が、キメ顔でそう言った。

「ハイ」と威勢のいい返事が五つ返ってきて、顧問は満足そうに頷いた。

 生徒たちを見送ってから一息ついている時だった。

「ネコヤーはスカしていませんね。誤解はいけません。名誉の問題です」

「うわっ、ビックリした」

 華恋がいた。いつの間にか、古田の背後に立っていた。

「おまえ、逃げたんじゃなかったのか」

「ネコヤーは逃げませんよ。天使というのは、いついかなる時でも正々堂々なのです」

「自分のことを天使って呼ぶかあ。まあ、そういう年頃か」

 あきれ顔をしている担任に向かって、華恋が言う。

「古田先生は、軽音部の顧問になるのですか」

「あ、ああ、まあそうだな」

「この高校に軽音部はありませんね」

「これからできるんだ」

「そうですか」

 華恋の表情が薄い。古田は目を合わせないように、やや斜め下を向いていた。

「ネコヤーは、先生があまり熱くならないことをお勧めしますね」

「教育には手を抜かない。俺は熱血なんだよ」

「いいえ、先生は」

 華恋の顔が古田の耳元へと急接近した。椅子に座っている教師の首筋を、生温かな吐息がつらつらと流れ落ちる。

「冷血ですよ」

 そうっと離れてから意味ありげに見つめた。古田が口を開こうとするが、その前に一礼して行ってしまった。



 3


「ねえ、教頭がケガしたってホントなの」

「野犬らしいぜ。右腕を喰いちぎられて瀕死だって話だ」

「うそー、それマジなの」

「怖ぇーな、おい」

 土日を挟んで次の月曜日の朝、登校してきた生徒たちが同じ話をしている。

 土曜日の夜、日課のウオーキングにいそしんでいた佐藤教頭が河川敷を歩いていると、なにかに襲われてしまった。肘から先の右腕を切断するという大怪我を負ったうえに、頭を打って意識不明となった。クマか野犬だろうとみられているが、正体は明確にされていない。  

 その日、職員室では一件の稟議書が提出された。

 軽音部設立に関するもので、すでに教頭の決済印が押されていた。校長は実務的なことはほとんど関知していない。とくに予算関係は教頭に一任されることが日常であり、したがって軽音部の誕生は確定事項となった。



「ほら、ネコヤーちゃん、しっかり走って。全員が完走しないと放課後にまた走らされるんだから」

 朝のホームルームの前、二年三組がグランドでマラソン大会の練習をしていた。グランド十周と、午前中だというのに血圧上昇必須のハードメニューである。監督する担任教師の古田は腕を組んで、鋭いタカの眼で見ていた。

「ネコヤー、朝は弱いですね。お腹がすきました。おにぎり食べたいです」

「いいから、そのおっきなお尻を前に進めるの」

 華恋はビリである。腕をデタラメに振り回し、走っているというより水中であえいでいるような動きだった。隣の席の女子生徒が付き添って、お尻を押したり、たまに叩いたりしている。

「はうっ。っも、もう、ネコヤーのお尻に関与しないでください。ヘンな声が出ちゃいますね」

 周回遅れであるので、クラスの連中が次々と追い越してゆく。とくに男子生徒は華恋のよく発達したバストに注目し、隣で並走しては波打つ動きに合わせて目玉を上下させていた。

「どこかに行け、ヘンタイ男子」

 隣の席の女子生徒が男子を蹴飛ばして、ハエは排除された。

「森田―っ、おまえはあと二周追加だ」

 不埒な男子に天罰が下った。ほかの者たちは前だけを見て走る。最後に華恋が完走して、朝の練習が終了となった。

「どうだ猫屋敷、いい汗かいただろう」

 クラスメートの女子に、おにぎりをねだっていた華恋のもとへ古田がやって来た。

「先生は、一昨日の夜に河川敷で汗をかきましたか」

「あ?どういう意味だ」

「ネコヤーは、おにぎりが食べたいですね。天使もお腹がすくのです」

 おにぎりをくれるという女子が華恋を呼んでいた。古田の問いに答えることなく嬉々として行ってしまう。

「先生」

「おう、青山か」

「このまえ相談したことなんですけど」

 古田が腕を組んで立っていると、青山という男子生徒が古田に話しかけてきた。

「やっぱりダメです。あいつら、金持ってこないと許さないって。おれ、殺されるかもしれない」

 彼の顔色に生気がないのは、グランドを十周した後だからではない。

「ずいぶんとしつこい奴らだな」

「知り合いにヤクザがいるって言うし、生徒手帳を取られているから住所もバレてるし、警察にチクッたら仲間が妹を拉致るって」

 ほかの生徒たちには教室へ戻るように指示を出したので、グランドに残っているのは古田と青山、それと芝の上で足をハの字に開いておにぎりを頬張っている華恋だけである。

「もとはといえば、おれが調子にのったのがいけなかったんです。バカなことをしました。ほんと、ほんとに、もう」

 話しているうちに感極まったのか、涙目となり鼻をすすっていた。 

「大丈夫だ、なんの心配もない。先生に任せろ。俺はな、けっこう顔が広いんだ。話を穏便につけてきてやる」

 いまにも崩れ落ちてしまいそうな男子生徒の肩に腕を回して、グッと自身に引き寄せて安心させるセリフを何度も言った。

「今日の夜十時に、河川敷のホームレス小屋に金を持っていくんです」

「わかった。おまえは家にいて出るな。試験も近いんだから勉強しとけ。あとは先生が片付けておいてやるからな」

 ポンポンと肩を叩くと、青山の目頭がうっすらと充血していた。

「ば、場所わかりますか」

「河川敷には詳しいんだ。まかせろ」

「お願いします」

 二人の話は終わった。古田に深々と頭を下げてから青山が走ってゆく。グランドを十周したわりには元気いっぱいの駆け足だった。彼を生温かく見送ってから担任も歩き出した。ただし、彼には片付けるべき仕事がまだ残っている。

「猫屋敷、いつまで食ってんだ。教室へ戻れ」

「はい、授業の始まりですね。ネコヤーも急ぎますよ」

 そう言いつつ、まだおにぎりに齧りついていた。使用済みの丸まったアルミホイルが二つ、膝の上に置いてある。

「おまえ、三つも貰ったのか。朝からよく食うな。ハダカの大将もビックリだぞ」

 教師が乾いた目で見ているが華恋は気にしない。食べることに集中して、楽しんでもいた。

 ようやくモグモグタイムが終わり、華恋が立ち上がった。だが食後のまったり時を大切にしたいのか、動きはスローに過ぎた。

「ほらほら、急げ急げ、チャイムが鳴るぞ」

 古田は、あの透明な定規で尻をバシバシ叩いて、華恋のやる気スイッチを刺激していた。

「はうっ、はうっ、へ、ヘンな声が出ちゃいました。ていうか、セクハラなのですね、犯罪ですよ。刑法の第何条とか、ど忘れしましたが、凶悪犯罪なのです」

「いいから走って戻れ」

「はうっ」

 尻を叩かれるたびにヘンな声を出しながら、華恋が教室へと戻されていた。



 4


 その日の夜十時。

 河原に建っていたホームレス小屋の前で、二人の男たちがたむろしていた。

「しっかし、高校生はチョロいっすね、柴田さん」

「ああ、美人局にかんたんに引っ掛かるんだもんな。ちょっと脅しただけでビビりまくってよ」

「十万もってきますか」

 ホームレス小屋の主人はひと月ほど前に死んでしまった。なので、そこは空き家であり、彼ら以外には誰もいない。河原であるので街灯がなくて、ほぼ真っ暗である。草丈も高く、周囲の見通しは良くない。悪いことを仕出かすには絶好のシチュエーションである。

「持ってくるさ。そうしないとあいつの妹に払わせるぜ。体でな」

「中坊は、けっこう高く売れますからね、ひひひひ」

 どこからどう見ても悪辣なチンピラが笑っている。街中にあっては比較的自然が豊かな場所だが、空気は存外に淀んでいた。

 ガサッ、ガサッ、と音がした。

「ん、来たようだな」

 柴田というチンピラが左の草むらに注目した。子分ともども、下卑た笑みを浮かべている。

「十万持ってきたか。さっさとこっちに来いやー」

 命令口調で言うが返事はなかった。なにかの気配はするが、それは姿を現さない。なんとなくイヤな雰囲気となっていることに、二人のチンピラは気づいた。

「おい、出てこいやー」

「ふざけてんじゃねえぞ、ガキ。ぶっ殺ろされてえのか、オラアー」

 ガサガサ鳴っていたのが止んだ。やっと待ち人が現れると、チンピラたちの表情が緩んだ。

「とっとと十万出せ」

 草むらからは無反応が返ってきた。

「ガキ、いいかげんに姿を見せろや」と言った途端だった。

 なにかの物体が瞬時に出てきて、チンピラ柴田に抱き着いた。

「・・・」

 数秒間の無言が長いなと子分チンピラが思っていたら、先輩チンピラがゆっくりと振り返った。相変わらずの沈黙であり、様子がおかしいとスマホのライトで顔を照らした

「しばた・・・」

 わざと呼び捨てにしたのではない。敬称部分は息を飲み込んでしまい、絶句してしまったからである。

「うぎゃっ」

 顔がなかった。

 正確には顔面が激しくえぐられていた。目や鼻や口が消滅し、その場所はとても不格好で乱雑な肉のクレーターとなり果てて、そこから湧き水のように血液が滴り落ちている。ライトで照らされていても、暗闇では確固たる朱色を確認できない。ただ真っ黒な液体が、あちこちの穴から湧き出しているのだ。

「た、たすけて、たすけてくれ」

 彼はチンピラではあるが、根性が据わっているわけではない。仲間のあまりの惨状に肝をつぶされ、なさけなくも弱々しく喚くと、酔っ払いのような足取りで逃げようとした。だが次の瞬間、動きがピタリと止まった。

 なにかが抱き着いたのだ。

 ハエトリグモみたいな神速で重なり合うと、パッと離れて藪の中へ消えた。チンピラは茫然として立ち尽くし、そのまま前へぶっ倒れてしまった。 

 彼に意識はない。すでに心臓の鼓動も終わっていた。後頭部の約半分がえぐり取られていた。まるで獰猛で大きな肉食獣に噛み千切られてように、ギザギザでぐちゃぐちゃの傷口だった。




 河川敷に狂暴なクマが出没すると大騒ぎになった。重傷の教頭のほか、男性二名が命を落とした。周囲は立ち入り禁止となり、警察やハンターが出動して警戒を強めていた。

 次の日の放課後、掃除当番である青山と担任の古田が、二年三組の教室の隅っこでヒソヒソと話している。

「先生、あいつらが死んだって」

「ああ、聞いてるよ。野犬じゃなくてクマがうろついているようだな。俺が行ったときには警察が来ていて近づけなかった」

「なんかひどいことになっちゃったけど、どうしたいいのか」

「気にしないことだな。チンピラも死人になってまで脅してこないだろう。もう忘れろ」

 男子生徒の肩をポンと叩くと、彼は安心したように頷いた。自分の持ち場を丁寧にやり終えてから帰った。

「先生」

 古田のもとに掃除当番の華恋が来た。

「雑巾がとても臭いですね。ネコヤーは天使なので良い匂いに包まれたいので、先生がやればいいと思います」

「おまえなあ、自意識過剰にもほどがあるぞ。たしかにいい顔しているけど、天使天使って、あんまり自慢すると、ほかの女子から疎まれるからな」

「ネコヤーは天使なのですから仕方ないですね。先生はなんですか」

「なんですかって、砦東高校の世界史の教師だ。おまえの担任でもあるぞ」

「もう一つは、なんですか」

「もう一つって、なんだ。どういう意味だ」

 古田の表情が警戒したように曇った。なにかを感じとったようである。

「河原での先生はなんでしょう、という話です。これは意味深ですよ」

 古田の顔から温かみが引いてゆく。かわりに、体の深い個所から冷たい液体が充填されていた。

「知りたいのなら河川敷に行こうか。じっくりと教えてやるよ」

 鉛のように重たい目玉がギョロリと華恋を睨んだ。人というより爬虫類のそれに近い。

「あそこは賑やかすぎますね。街はずれにある大きな鉄工所の廃墟はどうでしょうか。時間はそうですねえ、夜十時に会いましょう」

「男の教師と女子生徒が密会するには、ちょっと遅くないか」

「ネコヤーは熱血な先生を信じていますね。セクハラには興味ないはずですけど」

「まあな」

 いつも微笑んでいる華恋だが、いまは能面だ。踵を返して去ってゆく教え子の背中を、古田は見続けていた。



 6


 月夜の十時。

 廃墟となって久しい鉄工所の、大きな建物の中に華恋がいた。天板が抜け落ちて骨組みだけとなった天井から月明かりが差し込んでおり、夜なのにけっこう明るかった。

 華恋は中央につっ立っている。暗がりの中に彼女の影があって、それほどの背丈がない。月が頭の真上付近にあり、ふと見上げた時だった。

 なにかが急速に接近してきた。人にしては巨大であるが、二本の腕と足があり、シルエットは人型だった。それは長さがある鉄骨を持っていて、目の前に来た途端、勢いそのままに振りぬいた。

 ブンッ、と空気を切り裂く音がしたかと思うと、華恋の体がくの字に折り曲がってふっ飛んだ。十メートル以上滑空してから着地し、地面を七回転してから鉄くずの小山を薙ぎ払って停止した。月明かりの構内にしばしのあいだ静寂が響いた後、ゴミの中から華恋が立ち上がった。平然と歩き、自分を攻撃したモノの前に来た。

「いきなりなのですね、古田先生」

「ほう、鋼鉄の鉄骨でぶっ飛ばしたのに、かすり傷一つなしか。まあ、その可愛い顔が潰れるのは忍びないがな」

 華恋は、その大きな人型が古田であると知っていたようだ。

「定規でお尻を叩かれないだけマシと言えますけど、女の子に夜の熱血指導はどうかと思いますね」

「なあ猫屋敷、おまえはいったい何者なんだ。人じゃないだろう」

「ネコヤーは天使ですよ。前にも言いましたけど」

「ふざけるな。そんなものが、この世にいるわけないだろう。おとぎ話かアニメだ」

「そうでもないですよ。ネコヤーの目の前には、化け物がいますし」

 セーラー服に付いた土やほこりをパンパンとはらいながら、華恋が古田と対峙する。

「わかっていたんだな、俺が化け物だってことを」

 古田の顔は人ではない。いびつな長方形の八割が口であって、よく尖った鋸歯が上下に並んでいた。それらはサメの歯よりも凶悪であり、鰐よりもよほど鋭利である。噛まれたら象の足でも容易に喰い千切られてしまうだろう。

「ですから、ネコヤーは天使なのですね」

 背中の翼が展開された。照明が当てられているわけではないが、月明かりだけでも、その清澄な純白さが痛いほど目に沁みた。化け物の目玉が感心するように見ていた。

「なるほど、ほんとうに天使だったのか。なら、なおさら生かしてはおけない。俺の正体を知っているからな」

 目にも止まらぬ速さだった。

 化け物が華恋の周囲をジグザグに動き回っていた。翼を畳んだ天使が微笑みながら目で追っている。あちこちで土ぼこりが舞って視界が利かなくなった。たくさんの牙が背後から迫り、いままさに汚らしく噛み砕こうとした。

「はい、ちょっと失礼しますね」

 まさに神速である。

 振り向きざまの、強烈なる回し蹴りだった。

 華恋のつま先が化け物の縦長顔にヒットした。腐った肉塊を金属バットでフルスイングしたごとく、生臭い肉片が砕け散った。顔がなくなった巨体がひざまずき、そのままぶっ倒れて塵を舞い上がらせる。しかし、十秒も経たないうちに再生して元通りの醜悪な顔へと戻り、そばにあった鉄骨をつかんで華恋の前に来た。

「さすが化け物はしぶといですね。この世のことわりを、まったくもって無視しちゃっています」

「チートはお互いさまだろうが」

 ブン、と鉄骨が横に振られた。鋼鉄のH鋼が華恋の頬を直撃したが、ぐにゃりと、まるで熱々の飴細工のように曲がってしまう。可愛らしい顔にはかすり傷一つなく、相変わらずの微笑であった。

「なら、これでどうだっ」

 化け物がセーラー服の襟をつかんで目一杯まで持ち上げた。身長が三メートル以上あるので、てっぺんは相当な高さである。

「死ねやーっ」

 渾身の力でもって腕を振り下ろした。華恋の顔面がコンクリートの床面にぶつかり、もの凄い音がした。一度だけではなく、何度も何度も叩きつけた。化け物の怪力は常軌を逸しており、極硬質の鉄筋入りコンクリートが砕けて掘れてゆく。

「天使といえども、俺のやることに文句は言わせない。俺は生徒たちにやりたいことをさせてやるんだ」

 化け物の体が変容している。両方の脇腹から触手のようなものが伸びてきて、つの字にしなり、先端に指ができて手となった。合計六本の腕で華恋をつかみ、ありえない力で叩きつけている。地震のような響きが足元を揺らしていた。

「フンッ」

 しばし床面を破壊した後、華恋をぶん投げた。

 セーラー服の女の子が剛速球となって壁に衝突した。トルクが効いていて、大きな音を響かせながら壁を貫通してしまう。巻き上がったほこりがモクモクと充満し、視界にモヤがかかった。

「これで天使も死んだだろう」

 化け物顔がもとの古田へと戻って、やり遂げた達成感にひたっていると、煙の中から華恋が歩いてきた。シブイ顔をしている。

「お外でワンコのウンチを踏んじゃいました。ネコヤーの足の裏がタイヘンなことになっていますね。うう~、くちゃいです」

 スニーカーを脱いで、靴裏をクンクンして、犬が野に放ったフレグランスに顔をしかめていた。

「おまえ、不死身か」

「ですから、ネコヤーは天使だとあれほど言ったのですけど」

「天使にも弱点があるはずだ」

 通常の物理攻撃は通用しないと思い知らされても、化け物は諦めることなくスキを窺っていた。

「ところで、もと人間だった古田先生はどうして化け物になったのですか」

「おまえに関係ない」

 華恋はリラックスした自然体で話をしている。

「未熟でしたね」

「バカにしてるのか」

「未熟というのは、精神的にではなくて肉体のほうですよ。生物として亡くなったとき、先生は胎児でしたね」

「・・・」

「あのまま成長していたら、ちゃんと人間となって生まれてきましたよ」

 しばしの沈黙があり、華恋は小首を傾げている。その仕草は、?ではない。すべてを知ったうえで問うているのだ。

「だけど、先生はわざと堕胎するように仕向けましたね。まだ赤ちゃんにもなっていないのに、母体に影響を及ぼしました。とんでもない能力です」

「ひどい言い方だな。まるで俺が母を痛めつけたみたいじゃないか」

「知っていたからですよ」

 その刹那、化け物が襲い掛かってきた。六本の腕が拳をつくり、同時に六つの方向から強烈なるパンチを華恋へ見舞った。

 上の二つを頭とデコで弾き飛ばし、中段の二発は右と左の手ではらい、下からのアッパー二つはそれぞれの膝と足の裏で撃ち返した。化け物の剛力とスピードは凄まじいが、それらを最低限の動作だけで軽く弾き飛ばしてしまう華恋の動きは、まさに神の領域である。

「フングッ」

 化け物が喘ぎ声を発した。首に巻きついているのは華恋の足であり、ガッチリと固めている。よほど苦しいのか自ら地に伏せてドタバタと暴れるが、首へのホールドは離れなかった。

「グエッ」と呻いて、化け物の首がゴロッと転がった。華恋の両足固めが強烈すぎて千切れてしまったのだ。

「お母様が死んでしまうからですね。胎児が成長して赤ちゃんとなって生まれるとき、虚弱な母体は死ぬ運命にありました」

 化け物の首が再生するのを待たずに華恋が言った。

「死すべきお母様の運命を、自らを犠牲にすることで救いました。胎児は未熟でしたけれど、そこに宿りし魂が早熟だったのです。とても稀なことでした」

 顔の大方が元通りになった。化け物の歯も生えそろっている。

「俺を産むために母さんを死なせるわけにはいかない。だから、そうしたんだ」

「それは自然のことわりに反しますね。それと、たとえ熟し始めていても、堕胎をするには魂の力だけで無理です」

 骨組みだけとなったスカスカの天井から月光が差し込んでいる。微笑みを絶やさない華恋は青白く透明に灯っていて、サメと鰐がデタラメに交ざり合ったような化け物は、ドス青く陰っていた。

「負のエネルギーに満ちた不埒な存在と結びつきましたね」

「そうするしかなかったからな」

 再び完全体へと戻った化け物が不機嫌そうに言った。

「運命を変えた胎児は、だけど死ぬことはなくて、化け物となってこの世にあらわれました。そして身元不明な赤ん坊が養護施設に預けられ、養子として古田家に引き取られましたよ」

「もういい。それ以上言うな」

「なんと、先生は実の両親のもとへ里子に出されました。どんな奇跡なんでしょうね。お母様は知っていますか」

「おまえには関係ない」

「化け物なのに、やることが意外と器用です」

「黙れ」

「養子にした子が、自分が産むはずだった胎児の成れの果てだって」

 華恋が話している途中で、化け物がまたもや攻撃する。驚愕の跳躍力で真上に跳び上がり、体育館の屋根ほどの高さがある梁へと乗った。留め具のボルトが十分に錆びた鉄骨をもぎ取り、重力に加速をつけて落下した。

 ドガンッ、と大きな音が響いた。

 急降下と共に振りおろされた長めの鉄骨が華恋の頭を直撃した。だが天使は微笑みを絶やさずに立っている。鉄骨は、ちょうど人の形にぐにゃりと曲がってくっ付いていた。

「お母様は知らなかったわけですね」

 そう言って一歩前に出た。あとには人型に変形したH鋼の枠がきれいに残っている。

「ガアアアアアー」

 猛悪な牙だらけの口を極限まで開けて噛みつこうとしたが、華恋の顔へあと数センチまで近づいたところで、ぶっ飛ばされた。塵とほこりと屑鉄だらけの地面を、それらを集塵しながら突き進み、壁に衝突して止まった。よろけながらもなんとか立ち上がるが、目の前には、すでに天使がいる。

「先生はどうして熱心に指導をするのですか。化け物のくせに」

 嘲りを含んでいるのではない。華恋は本質を突いている。

「せっかく人として生まれてきたんだ。若いうちに、やりたいことを一生懸命にやるべきなんだ。楽しんだり悲しんだり、汗をかいて、心の中で大きな声を出して突き進む。それが青春ってもんだろう」

「それは、ご自身の経験ですか」

「俺は化け物だからな。いつも人目を避けていて、醒めていて、おとなしくしていたんだ。そんな生き方にはなんの価値もない。高校生はな、やり過ぎるぐらいでちょうどいい。己の内側にある熱いものを解き放つんだ」 

「先生の熱血は、度を過ぎているのではと思います。お二人が亡くなり、お一人は重傷ですよ」

「殺した奴らはどうしようもないクズで、生きていても人を傷つけるだけだ。教頭も業者から金をもらって不正をしていた。教育者の資格がない。生徒たちのためだから、どんなことでも許されるんだ」

「その熱い思い込みはどんどんエスカレートしますね。化け物に歯止めは効きません」

「あいつらは悪い奴らなんだ」

「先生も、そうですよ」

 お互いを見合って数十秒が経過した。かすかな気配が交ざっているが、化け物は気づいていない。

「猫屋敷、おまえは俺を殺しにきたのか」

「ネコヤーは天使ですね。化け物ハンターではありませんよ。先生は不死身に近いですし、なかなかに面倒くさい存在なのです。業務以外のことはやりたくない主義ですから」

 化け物の顔が古田へと戻り始めている。

「はあ~、ネコヤーはお腹すきました」

 華恋がそう言うと、アルミホイルに包んだ大きなおにぎりを取り出して、もぐもぐと食べ始めた。シリアスな状況での突然の食事に、さしもの化け物もあきれている。

「俺を殺さないのなら、おまえはなにをしたいんだ。飯を食いに来たわけではないだろう」

「先生のことわりを、もとに戻したいのですね」

「それはムリだ。俺はもう化け物になっちまった。このまま突き進むしかない」

 ごはんが喉につっかえたのか、ポンポンと胸を叩いていた。

「ふー。おにぎりがおいしくて、むせちゃいました。冷たい麦茶を頂きますね」

 今度は、どこからか水筒を取り出してゴクゴクと飲み始めた。

「おまえ、その水筒はどうしたんだ」

「あるご婦人にもらいましたよ」

 華恋が手にしている水筒は、古田には見覚えがあった。その特徴的な花模様は、わざわざ彼がブリントした唯一無二のものである。

「直哉」

 小さな声だが、しっかり芯が通っていた。暗がりの中から初老の女性が歩てくる。彼女を見て、古田が吃驚していた。

「母さんっ、なんでここに」

「直哉、あの時の子だったのかい。まさかこの世に生を受けて、うちの子になっているなんて。わたしは、自分の子供とは知らずに自分の子供として育てていたのね。なんということなの」

「母さんが、なんでここに来ているんだ」

 古田の問いに対する答えを華恋が代行する。

「ネコヤーがお呼びしましたよ。もちろん、もろもろの事情はすべてお伝えしました。息子さんが化け物であり、すでに人殺したということも、僭越ながら申しておきましたね」

「おまえーっ」

 人間の顔に戻っていた古田だが、怒りのボルテージが上がって化け物の牙を見せつけた。それを見た母親が身を固くしたので、ハッとして人間に返った。

「ちがう。あれは、生徒たちを救うために仕方なくやったんだ。あいつらのためだったんだ・・・」

 化け物にしてはか細すぎる声であり、なんとか母親にたどり着くも力なくズリ落ちてしまう。

「これは、どうしたらいいの。直哉はわたしの子なのに、バケモ、いいえ、とても、そんなことになっているだなんて」

 息子の正体を見てしまい、母親の心が揺らいでいる。

「先生が化け物とならない人生も可能なのですよ、お母様」

「それはどうやったらいいの。わたしにできるの」

 希望にすがる者は、藁をもつかむ目をしていた。

「黙れ、猫屋敷。それはダメだ。もうなにも言うな」

 古田が睨みを利かす。華恋の言わんとすることを察しているのだ。

「お母様が赤ちゃんを産んでいた運命を受け入れればいいのですよ」

「そんなことでいいなら、すぐにやってちょうだい」

 母親に迷いはない。しかしながら、発案者は要注意事項を説明しなければならなかった。

「その場合、お母様は死んでしまいますね」

「問題ないわ。もともと、わたしはそういうことだったんでしょう。いままで十分に生かしてもらったし、息子とも一緒に暮らせた。もういいのよ、すごく幸せだったのだから」

 母親の決意を快く迎える華恋だが、息子は納得していない。

「母さん、そんな運命を受け入れてはダメだ。俺は母さんを死なせやしないし、そのためなら天使だって殺してやる」

 古田の体が膨らんできた。荒く息を吐き出し、ふたたび化け物へ変身しようとしている。

「直哉、やめなさい。そんな姿にならないで」

 母親が駆け寄って、その異様な体躯に手をあてた。

「あなたに恩返しができることが、わたしの喜びなの。だから、ちゃんと人としてまっとうな道を歩んでちょうだい。立派な教育者になって若い人たちを導きなさい」

 古田は、まだ古田のままである。母親の言葉が、彼の内側から湧き出ようとする邪気を抑え込んでいた。華恋が注意事項の続きを話す。

「お母様が生きていることは、いわばイレギュラーな状態なのですね。先生が化け物としての本性を抑えきれなくなっていることは、お母様にも影響しますよ」

「母さんも化け物になるということか」

「その可能性は大きいですね。ことわりから外れた者は、誰もが望まない未来へと帰結します」

 古田が母親を見ると、彼女はにっこりと笑みを浮かべて頷いた。化け物の体から殺気が完全に抜けていた。諦めたのか、納得したのか、元通りの人間へと戻った。ありがとう、ありがとう、と母親が何度も言っている。

「なあ、天使な猫屋敷」

「はい、なんでしょうか」

「この場にいてもいいか。母さんが逝ってしまうのに付き添いたいんだ」

「もちろん、よろしいですよ」

 華恋の翼が音もなく展開した。塵とほこりがまだ浮遊していたが、その純白さを損なうことはなかった。母親の前に来ると、はにかみながら手を握る。

「ねえ、天使さん。ひょっとして痛いのかしら」

「心配はいらないですね。もう死んでいますよ」

 天使の前にあるのは魂だけであり、すでに肉体のない母親である。彼女は四半世紀以上前に亡くなっていた。

「あなたが連れて行ってくれるの」

「ネコヤーがエスコートしますね。美味しいおにぎりをもらった一宿一飯の恩義がありますから」

 胸をポンと叩いて、凛とした顔を見せる華恋であった。

「ずいぶんと律儀で食いしん坊な天使さんだこと」

「はいです」

 音もなく華恋が羽ばたき、母親の魂と一緒に天へと昇ってゆく。

 高く高く舞い上がる様子を見る者はいない。街でもっとも大きい鉄工場は夜間操業をしていない。労働者はたちが出勤してくるのは、明日の朝からである。



 砦東高校二年三組の教室。

 担任の古田が来て、朝のホームルームが始まった。いつも通りテンションが低くてボソボソとしたしゃべり方であり、大いに生徒たちの眠気を誘っている。

{古田の声は朝からダルいわ}

{今日もやる気ねえなあ}

{うちの担任は眠い}

 生徒たちの心の声が聞こえていても、古田の態度は変わらない。冷めているというよりも、そもそもがんばって仕事をしようとする意志がまるでないのだ。

 教育者の覇気とやる気のなさは、二年三組の全体を湿った靄で覆っている。七クラスある二年生でもっとも成績が悪いだけではなく、体育祭や学校祭などの行事をやらせても、つねに遅く雑であり、サボタージュばかりしていた。砦東高校のお荷物クラスとの評価が定着している。

「はあ~、うちのクラスにカワイイ転校生でも来ないかなあ。可憐な子がさあ」

 ある男子生徒がポツリとつぶやいた。

「それは絶対にない」

 隣の席の女子生徒が、キメ顔で言った。

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