『リストランテ満月』〜恋愛ベタな彼女と双子のレストランの夏野菜カレー〜

天雪桃那花(あまゆきもなか)

リストランテ満月の彼

「千春ちゃん、こっちこっち」



 私が密かに憧れている人――、部活の先輩の名前は稲葉泰輝いなばたいきくん。



 わたしは弓道部に入っているの。泰輝たいき先輩の弓を構える所作と真剣な眼差しが、脳裏に焼きついてしまった。

 思い出しては何度も胸を焦がしてる。



 その泰輝たいき先輩が、にこやかに私を手招きしている。



 私は泰輝たいき先輩に誘われ連れられて、先輩のおうちにやって来ました。



 ここには、私が好きな泰輝たいき先輩と、彼の双子の兄弟の杏寿磨あすま先輩が住んでいます。


 泰輝たいき先輩のお家はイタリアンレストラン!


 私は彼と裏手のドアの前に立っていた。


 レストランの名前は『リストランテ満月』です。

 とっても美味しいと評判のお店なんだ。


 『リストランテ満月』の奥と二階が居住スペースになっていて、先輩たち二人のお家でもあります。




「本当に良いんですか?」


「良いの、良いの。おいでよ」



 泰輝たいき先輩は木製の大きなドアを開けて押さえてくれて、私がくぐり入るのを待っている。


 

「古い家だけど、まあまあ居心地は良いからさ」



 私は泰輝先輩のご両親が経営している『リストランテ満月』が大好き。

 だってついつい長居してしまうぐらい、雰囲気が良いの。


 私、ちっちゃい頃から『リストランテ満月』には両親に連れて来てもらってて、常連さんなんだ。


 まあ常連と言っても、だいたいはランチに訪れるの。

 夜は本格的なコース料理がメイン。

 家族の誰かが誕生日とか特別な日にしか来たことがないけれど。


 ランチは注文しやすい気軽なメニューが並ぶんだ。


 昼はイタリアの大衆食堂トラットリアの雰囲気を楽しんでもらいたいって泰輝たいき先輩が言う。

 泰輝先輩、お父さん方のおじいさんがイタリア人なんだって。




 玄関からちらっと見えたお部屋だけでも、『リストランテ満月』の店内と同じぐらい雰囲気の良さを感じる。

 二人のお家もかなり居心地が良さそうだよね。



「さあ、どうぞ」


「……あっ、えっと。お邪魔します!」



 私は『リストランテ満月』の裏手のドアから、お店ではなくて稲葉家に上がらせてもらった。


 きっ、緊張する〜!


(お店の奥はこんな風になってるんだあ。でもお邪魔しちゃってほんとうに良かったのかな?) 



「今は俺と杏寿磨あすましか住んでないんだ。だから遠慮しないで。そこ、座ってくつろいでて」


「はい、ありがとうございます」


 わあぁっ、素敵!


 先輩のお家の部屋はお店と変わらないぐらい、とってもお洒落なな空間が広がっていた。


 観葉植物がセンスよく飾られて、山小屋のロッジみたいな暖炉やテーブルやベンチが並んで、ハンモックやブランコまで家の中にあったのがびっくりした。


 吹き抜けで天井が高いし、人をだめにするとかいう円錐型のクッションがゴロゴロ転がっている。

 面白いです。

 座ってみたくなっちゃう。



「好きなとこに座って待っててね」


「はっ、はいっ!」



 泰輝先輩はドアから出て行った。


 とたんに静寂と一抹の淋しさが襲ってくる。


 そして、ドキドキ……。


 緊張と、憧れの先輩の家に上がらせてもらっているトキメキが私の胸にいっぱい広がって、支配してる。


 すっごくドキンドキンって。


 片想いをしている大好きな先輩のおうち。

 緊張して当たり前だよね。


 私は広い部屋を見渡していた。

 泰輝先輩は『リストランテ満月』に寄って杏寿磨先輩と話してるみたい。


 遠く泰輝先輩と杏寿磨先輩の落ち着いた心地よいテノールの声が聴こえる。

 イケメンは声も美麗だ。


 そういや、今は泰輝先輩と杏寿磨先輩の二人ですんでるって、ご両親はどうしたのだろう?



 しばらくするとスリッパを履いている人のゆっくりと静かな足音がした。

 泰輝先輩かと思ったけど、喫茶店のかっこいいフォーマルベストの制服を着た杏寿磨先輩だった。


「はい、どうぞ」


 杏寿磨先輩が私の目の前に、まずはトマトのカプレーゼサラダを置き、それから切ったレモンをグラスに添えたアイスティーと、『リストランテ満月』のご自慢のスパイス料理を小鉢で持って来てくれた。

 メインがカレーライス。


 私の大好きなホットころころチキンと夏野菜カレーセットだ。


「わあ〜。美味しそう!」


 うーんっ! すごくいい香り!


 頑張った部活後に空きすぎた私のお腹を刺激する。


 このカレー大好き!

 具材がゴロゴロっとしたカレーだ。

 それから付け合わせの、生地に唐辛子が入った大きなチーズナンが目にも刺激的です。


「季節限定夏野菜カレーセットです……って、千春ちゃんは知ってるよね? さあどうぞ、召し上がれ。うちイタリアンの店なのにね、ふふっ。カレーをご所望のお客様が多くってさ。ああ、泰輝たいきは制服を着替えたらこっちに来るからね。千春ちゃん、遠慮せずに先に食べながら待ってて。冷めないうちにね」


「ありがとうございます。いただきます」



 杏寿磨先輩はニコニコしながら、料理を運んだトレイを持ってお店に戻っていく。


 でも一度、杏寿磨先輩が振り返った。



「ねえ、千春ちゃん。泰輝よりボクにしない?」


「ええっ?」


「あいつよりボクの方が優しいよ? 泰輝なんかじゃなくって、ボクと付き合おうよってこと。考えといて〜」



 杏寿磨先輩は、微笑んでウインクをしてから去っていく。


 

「――えっ? えっ?」



 そ、それどういう意味ですか?

 えっ? えっと……。

 杏寿磨先輩、うそ、まさか本気なんですか?


 それとも私、からかわれたのかな? 


 悪戯っぽく笑った杏寿磨先輩の顔を思い出すと恥ずかしくなってきた。



「かっ、からわれたんだ。きっと」



 少し開いた窓からそよ風が部屋に吹き込んで、私の頬を撫でていく。

 ハッとした。



「せっかくのカレーが冷めちゃう。……いただきます!」



 私は熱々の特製カレーライスを、一口一口を味わって食べる。


 リストランテ満月の夏野菜カレーは、ピリッとスパイシーです。


 いつの季節も楽しめるリストランテ満月のとろっとまろやかなカレーとは、味わいが違うんですよね。


 この夏限定カレーは、サラサラでヒリヒリとした辛さとチキンの旨味がたっぷりのスープカレーです。

 スパイスの種類と配合が絶妙で。


 夏野菜がたっぷり。

 茄子とトマトと、グリルでいったん焼いた大きめのチキンが見た目にも華やか。


 リストランテ満月の名物カレーライスは、私の家族や友達も大好き。


 舌に心地よく残る刺激があとをひきますね。



 私は感激していた。


 もちろん夏野菜カレーはすごく美味しい。


 それと。

 泰輝たいき先輩と杏寿磨あすま先輩の優しい気持ちに、ウルッと涙が出そうになった。



     ◆◇◆



 制服から私服に着替えた泰輝先輩が部屋に入って来て、私の目の前の席に座る。

 


「千春ちゃん。どうかな? 美味しい?」



 格好いい泰輝先輩。先輩の力強くも優しい瞳としっかと視線が合った。

 私はちょっと、ううん、すっごく緊張してきた〜。



「……はっ、はい。美味しいです!」


 私に微笑みながら、泰輝先輩がテーブルに両肘をついて私をじっと見ている。

 私は緊張でちょっぴり震えてしまいながらスプーンを口元に運ぶ。


「いつものカレーと味が違うでしょ?」

「そうですね。普段のカレーライスよりもっとスパイスが効いていてピリッとするけれど……。辛いのに後味が爽やかですね。今日のもすごく美味しいです!」


 それを聞いた泰輝先輩はくしゃくしゃっと嬉しそうな顔をして笑った。


「実は俺と杏寿磨あすまで仕込みをしたんだ。なんか足らなかったりする? 千春ちゃんの意見を聞きたいなあ」


 私は悩んだ。

 こんなにしてもらった上に意見なんて。



 泰輝先輩は学校で助けてくれた。


 ……私、ドジなの。

 

 私、生徒会の副会長なのに、しっかり者じゃない。

 いつもドジばかり。


 この前なんか、校庭で朝礼中に生徒会長に頼まれて持ってた原稿を突風に飛ばされちゃった。

 泰輝先輩と杏寿磨先輩が颯爽と現れて、風に飛んでった原稿を全部拾ってくれたんだ。


 落ち込んで、ちょっと泣きべそをかいてた私に、泰輝先輩は頭をぽんぽんしてくれて。


 しかも、「気にすんな。千春ちゃんのせいじゃないよ」って言ってくれたの。


 あれから、私……。

 優しい泰輝先輩を知ったあの日から、もっと彼のことが気になって。


 ――気づけば、大好きになってたんだ。



「千春ちゃん、どう?」


「えっと……」



 私なんかの思ったことなんて的外れかもしれない。



「自分の意見をいうことは悪いことじゃないんだぜ。遠慮せずに言ってくれると俺は嬉しい」


 私は思い切って感じたことを言ってみることにした。


「そうですね。う〜ん。夏っぽさを足すため……色見? あと欲しいのは緑、ですかね」

「緑色?」

「えっと……アスパラとかオクラや焼いた枝豆などを入れてみたら、華やかさが増すでしょうか?」

「ははっ」

「えっ?」

「ありがと、千春。採用するアスパラ! 良いね。あとはオクラかあ」



 ――ち、千春っ!?


 今、千春って呼び捨てした?

 泰輝先輩が千春って呼んだ。

 ……嬉しい、かも。



「あ、あの! ……泰輝先輩、今私のこと千春って呼びました?」


「ああ、呼んだ。呼んじゃったなあ。……なあ、駄目? 『千春ちゃん』も良いけど俺は『千春』って呼びたい」


「い、良いですけど……なんでまた」


「千春って呼んだらもっと仲良くなれそうな気がすんだ、俺」


「……は、はい。そそそ、そうですね」



 私は恥ずかしくってテーブルに視線を落とした。

 泰輝先輩が眩しくて見てられない。



「今、千春の言った緑色で思いついたんだけど、黄色か赤のパプリカも良いと思わない?」

「それは良いですね」


 彩りが加わってますます目にも美味しく、味ももっと美味しくなると思った。



「泰輝先輩って杏寿磨先輩と二人暮らしなんですか? でもたしかお店は……?」


「店は俺と杏寿磨も手伝ってるけど、メインシェフは両親だよ。うちさ、姉ちゃんもいるんだ。結婚して子供が産まれたんだけど三つ子の男ばっかりなんだぜ。なのに旦那さんが単身赴任しちゃってさあ」


「た、大変ですね。三つ子ちゃんですか」


「あれ、噂によると双子とか三つ子ってさ家系とか遺伝もあるらしいよな」


「双子の甥っ子が三つ子ちゃんってなんだかすごいですね」


「なっ。一気に子沢山だぜ。そうそうそれで、しばらくは父さんと母さんが泊まり込みで育児の手助けをしてんの」



 急に泰輝先輩が黙って、……私をじっと見ている。


 な、なに?

 私の顔になんかついてる?



「暇な日、うちに泊まりに来る?」

「はっ? はい――っ!?」



 う、うそ?

 冗談だよね。


 泰輝先輩のいたって真顔で真剣な顔つき、ドキドキしちゃう。



「じょ、じょ冗談ですよね」


「うーん。冗談。……たぶん」


「私をからかいました?」


「いつか泊まりに来て。杏寿磨がいない時に」



 えっ、またからかってるの?



「千春ったら慌ててやんの。でもさ、二人きりで過ごしてみたいのは本心だよ」


「そ、そそそ、それってどういう……?」


「ああ、好きって意味に決まってるじゃん! 俺は千春が好きってこと!」


「えっ? ええっ?」


「俺が千春を好きなので。俺と付き合ってくれたら嬉しいんだけど? まあ、返事は今日じゃなくてもいいぞ」


 私はパニックになった。


 頭の中がわちゃわちゃして整理が出来ない。


 顔が熱い!

 胸がドキドキドキドキして止まらない。


「……やっぱ、可愛いな」


「えっ? 何ですか?」


「ううん。何でもないよ、千春。俺も腹減ったからカレーを杏寿磨にもらって来るな」


「あっ、はい」


「千春の意見が、素直な言葉が聞けて嬉しいぜ」



 泰輝先輩は部屋のドアを開け振り向いて笑った。

 笑顔が太陽か夏のひまわりみたいに眩しい。輝いてる。



 泰輝先輩が私の言葉を聞いて嬉しいなんて。


 ……っていうか、私! 告白された?


 大好きな泰輝先輩から好きだって、付き合おうって。


 キャーッ! キャーッ!


 そんなこと言ってもらえるなんて思わなかった。


 ドジばかりの私は自分が存在していいのか? とすら思ってしまっていた。


 人に、自分の意見や心のなかの気持ちを言う自信すら失っていたんだ。


 でも、先輩の励ましの言葉が自信をくれた。



 私は杏寿磨先輩がさっきテーブルに置いてくれたアイスティーに手を伸ばして、ガムシロップを少し入れた。


 その様子をじっと見てみる。


 眺めているうちに、私は胸の中がじんわりと温かくなっているのに気づいた。


 優しい人たちが私の周りに近くにいてくれる。


 目の前のアイスティーに落としたガムシロップみたいに広がっていた。


 泰輝先輩に早く返事を返したい。


 こんな気持ち、生まれて初めてです。


 先輩、私にこんなに好きな気持ちをくれてありがとう。



 これから私には、夏の素敵な思い出がいっぱい増えそうです。





       おしまい♪

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