第91話

『俺、引っ越すことになったんだ。』


「え?」


あの頃の俺たちは


大人が決めた環境の中でしか


生きていくことはできなかった。


『来週、横浜に引っ越すことになったんだ。』


「来週って、そんな急に?」


『親が離婚するって…。母さんの実家に、ついて行くことになった。』


小学5年の俺に、選択肢なんてなかった。


親が決めたことを、子供だった俺にはどうすることもできなかった。


「優は知ってるのか?」


『まだ話してない…』


「そっか。」


『優、泣き虫だからさ…あのさ…』


あの時は、本当に


『ずっと…優のそばにいてあげてほしいんだ。』


心から、そう思ったんだ。


俺が優のそばにいられないのなら


達也がそばにいてくれればと。


子供だった俺は


“嫉妬”なんて汚い感情に押し潰される日が来るなんて


思ってもいなかった。


「うん、もちろんだよ。任せろ。」


『ありがとう。』


「けどさ、また会いに来るだろ?」


『いや…』


「え?」


『余計に寂しい思いさせるかもしれないから、もうここには来ないよ。連絡もしない。』


「弘人…。」


俺の勝手で中途半端に会いに来たりしたら


会えない時間、また優が悲しい思いをするような気がした。


だから、もう会わないと決めた。


連絡もしない。


あの頃は、その程度の距離が


果てしなく遠く感じてた。


遠く離れた場所で


俺と優は、別々の道を歩いていくんだと思った。

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