嘘。

第85話

降り出した雨が、少しずつ強くなる。


掴まれた腕は、振り解こうとしても離れなかった。


聞こえるのは、雨の音と


「さっき言ったこと、取り消せ。」


『…』


「関係なかったなんて嘘だ。」


かすれるような、弘人の声だった。


『…もう、5年たったんだよ。』


「…」


『あの頃だって…私たち別に付き合ってたわけじゃないし。弘人が私にそう言ったんだよ…。』


「だったら」


『…』


「なんで泣いてんだよ。」


『…っ…』


引き寄せられて


弘人の腕の中


拒もうとしても、弘人は力を緩めなかった


『…離してよ…弘人…』


どうしてこんなことするの


『…お願い…』


どうして…


『弘人っ』


「できることなら戻りてぇよ。」


『っ…』


「なんも考えずに、ただお前の隣で笑っていられたあの頃に。」


雨が


私たちの体を冷やす


『…』


そっと体を離して


そんなに悲しそうに


苦しそうに


私を見た


「なぁ、優。」


『…』


「お前のこと、本当に」


『…』


「大好きだったよ。」


あの頃


時間が巻き戻せたらいいと思った


弘人といられた時間に


巻き戻せたらいいと思った


『…』


“大好きだった”


その言葉が


こんなにも痛いなんて…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る