第67話

『…達也…』


立ち止まり


掴んだままの腕を


あなたは離さない


『…なんで聞かないの。』


「なにを?」


『カラオケで…気付いてたでしょ?本当はトイレじゃなくて、弘人を追いかけて部屋を出たこと。』


「…」


『達也って…ちょいちょい私のこと試すよね。』


言葉が


『弘人がバイトしてるの知っててカラオケ誘ったり…弘人と話してるの見て何も聞かなかったり。』


あふれ出して止められない


『なにか後ろめたいことがあるの?』


達也を


『私が何したって、言えない何かがあるんじゃないの?』


傷付けたいわけじゃないのに…


『ねぇ…っ』


「お前に告白したあの日。」


『…』


「弘人から、こっちに帰ってくるって連絡があった。」


知りたかったはずなのに


「お前に会いたいから、伝えて欲しいって。」


聞きたくなかった


「時計台のところで待ってる。浴衣、楽しみにしてるって。」


もう、戻れなくなること


『…』


わかってたから


「…お前を弘人のところに行かせたくなかった。」


『…泣』


「自分だけのものにしたかった…。」


掴まれていた腕が


「…泣かせたかったわけじゃないんだよ…」


そっと離される


「ただ、優のこと」


零れ落ちる涙を


「好きだった。」


いつもみたいに


「…ごめん。」


あなたは拭ってはくれなかった


『…』


涙が止まらないのは


達也のかすれたような声が


苦しかったから…


背中を向けて離れていく達也を


追いかけることができずに


私は足を止めたまま


夜空を見上げた


空はこんなにも透き通っていて


小さな星屑と


少しだけ欠けた月が見えた

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