第56話

あの頃


達也の優しさが


苦しかった


会いたい人がいて


でも会えなくて


その痛みをまるで忘れさせるように


いつも側にいてくれた達也


だけど


私は忘れたくなかった


弘人のことを


忘れたくなかった


『…』


急に溢れ出した涙は


もう、どうしようもなく


こぼれ落ちて止まらなくなる


「優…」


『…弘人に会いたい…泣』


「泣かないで…優。」


『…っ…』


「俺がずっと、優のそばにいるから」


『…』


「だから…笑ってよ、優。」


『達也はなんで私に構うの…』


「…」


『私のことなんて…ほっとけばいいのに…』


「…優のこと、好きだから。」


『っ…』



忘れられなくてもよかったのに


達也は私を放っておいてはくれなかった



「泣いてる優を見たくない。」


『…』



そうやって


まるで達也を悪者みたいに


そうやって、私は


自分は悪くないと思いたかった


忘れられない人がいて


それでも


隣にいてくれる達也の優しさに甘えて


最低だった自分を


必死に守ってた



「俺、優が好きだよ。」



あの日


沈みかけの夕日が



俯いた達也の頬を




赤く照らした

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