第6話 家族の嵐

家族の喧嘩を目の当たりにするたび、僕は胸が締めつけられる思いがする。家の中で誰かが怒鳴る声が響くと、それは僕の心に鋭く突き刺さる。両親がぶつかり合う時、僕はただその場に佇んでいることしかできない。


母親はパニック障害を抱えていて、段取りが狂うとすぐに慌ててしまう。例えば、夕飯の支度中に調味料が見当たらない、電話が鳴る、思いがけない来客がある。そういった些細なことで、彼女の中で全てがパニックに変わる。


「ああ、もう!なんでこうなるの!」と母が叫ぶ声に、僕の体は反射的に硬直する。母は混乱の中で、ありとあらゆる物事に苛立ちをぶつけ始める。周りの人間や物に対して、怒りと焦りが制御できなくなる。


その時、穏やかな父親でさえ、母の混乱に巻き込まれる。母の叫びが続くと、彼の眉間に深い皺が刻まれる。そして、普段は口数の少ない父親が、ついに耐えきれなくなり、声を荒げる。


「もういい加減にしろ!落ち着けよ!」


その瞬間、家の中の空気は緊張に包まれる。父の怒鳴り声に、母はさらに感情を爆発させる。涙声で「あんたにはわからない!」と叫ぶ。父の言葉が、母の不安を鎮めるどころか、かき乱すだけだと僕はわかっている。


僕はその場にいながら、ただ見守ることしかできない。心の中では「やめてくれ」と何度も叫んでいるけれど、その声は決して口から出てこない。両親の間に入って、何かを言えるような勇気は僕にはない。何を言えばいいのか、どうすればいいのか、それすらわからないまま、立ち尽くしてしまう。


心の中は、まるで台風のように荒れ狂っている。でも、外側では平静を装うことしかできない。喧嘩の嵐の中、僕は片隅で、胸の中の混乱をただ静かに抱え続けるしかない。


両親が口論を始めると、僕はいつも自分を責める。「僕がもっとしっかりしていれば、母さんはこんなに混乱しなくて済むのかもしれない」「僕が何かできれば、父さんもこんなに怒らなくて済むのに」。自分の無力さが、両親の争いを止められないことが、僕を苦しめる。


母が落ち着きを取り戻した後、部屋の片隅で泣いている姿を見たことが何度もある。父もまた、静かに椅子に腰掛け、ため息をつく。どちらも僕の目を見ようとはしない。それはまるで、お互いの傷つけ合いを僕に見られることが、恥ずかしいかのようだ。


僕はその光景を前にして、自分の感情をどう処理していいかわからない。辛いとは言えず、悲しいとも言えず、ただ心の中に積み上がる何かを、そっと抱え込む。両親を傷つけたくない。でも、僕自身も傷ついている。そんな矛盾が、僕を苦しめる。


誰にも話せないこの苦しみを、僕はただ日記に書き殴ることでしか消化できない。感情のはけ口を見つけられず、夜、布団の中で悶々とする。そんな日々が続く。


「家族だから、支え合わなければならない」。そんな理想論は、僕の家には当てはまらない。支えたいけれど、どうやって支えればいいのかがわからない。僕の支え方が、彼らにとって役に立っているのかもわからない。


それでも、僕はこの家族の一員として生きている。母のパニックが少しでも軽くなるように、できることを探していくしかない。家族の争いが、少しでも穏やかになるように。僕には、ただそれを祈ることしかできない。


嵐の中にいても、いつかは晴れる日が来ることを願って。僕は今日も、両親を見守り続ける。どうしようもない無力感を抱えながら、せめてもの温かい目で、彼らを見つめていたいと思う。

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