第7話 ひとりカラオケという逃げ場
僕の唯一の楽しみは、月に一度のカラオケだ。誰にも言わず、こっそりと計画を立て、その日が来るのを指折り数えて待つ。カレンダーに小さな印をつけて、心の中でその日を「特別な日」として大切にする。いつもなら体が重くて、なかなか布団から出られない朝も、カラオケの日だけは不思議とすんなり起き上がれる。
カラオケボックスの扉を開けると、僕の中の世界が変わる。狭い個室に入ると、ほっと一息つける。僕だけの空間。誰にも邪魔されず、何者にもなれる時間。画面を見つめながら、好きな曲を選ぶとき、僕は現実から少しだけ解放される感覚を味わう。
感覚過敏のせいで、音に対してとても敏感な僕は、カラオケの音量調節には特に気を使う。音が少しでも大きすぎると、頭の中が一気に混乱し、歌どころではなくなってしまう。だから、リモコンを握りしめ、細かく音量を調整しながら、最適なバランスを見つけるのに集中する。こうした細かな作業も、僕にとってはカラオケの一部であり、楽しみでもある。
「大きな音が苦手なら、カラオケなんて行かなければいいじゃないか」と言われたこともある。確かに、耳をつんざくような音が苦手なのは事実だ。でも、だからこそ自分の好きな音量で、好きな歌を歌えるカラオケは、僕にとって特別な場所なのだ。
僕は、昭和の歌謡曲やフォークソングをよく歌う。ゆったりとしたメロディーと、深い歌詞が心に響く。それは、日常の喧騒から逃れることができる、ささやかな避難場所のようなものだ。歌っている間だけは、病気のことも、家族のことも、何もかも忘れられる。まるで、世界に僕一人しかいないかのような感覚に浸れるのだ。
しかし、カラオケに行くことは僕にとっての密かな冒険でもある。両親には、遊びに行くことを止められているからだ。「そんなことしてる場合じゃない」「お金を無駄にするな」と言われるたびに、僕の胸は痛む。彼らの言うことが間違っているわけではない。お金は確かに大切だし、僕が無駄遣いをしていると見なされることもあるだろう。
だから、僕は嘘をつく。「体調が悪いから休む」と言って、事業所を休む理由を偽る。罪悪感は常に僕の胸にあって、自分が卑怯者のように感じる。でも、その一方で、カラオケのために嘘をつく自分がどうしようもなく情けないとも思う。
それでも、僕はカラオケに行きたい。月に一度のこの時間が、僕にとってどれほど大切か、両親には言えないけれど、僕自身はよくわかっている。日々の不安やストレスから少しだけ解放され、自分を取り戻すための時間なのだ。だから、たとえそれが嘘に塗れた時間であっても、僕にとっては必要な逃げ場所なのだ。
カラオケの部屋でマイクを握ると、僕は少しだけ強くなれる気がする。普段は口にできない言葉や、伝えられない感情を、歌に乗せて表現できる。それは僕の中の鬱屈した感情を、少しだけ外に吐き出す行為だ。声を出して歌うことで、胸の中に溜まっていた重いものが少しずつ解き放たれるような感覚を覚える。
カラオケの時間が終わると、また現実に戻る。でも、心は少しだけ軽くなっている。その感覚を知っているからこそ、僕はまた来月のカラオケを心待ちにする。少しずつ積み重ねる小さな喜びが、僕の生活の中に色を添えてくれる。
「カラオケに行くこと」は、僕にとっての小さな自由だ。誰にも邪魔されず、誰の目も気にせず、自分だけの世界に浸れるひととき。嘘をついてまで、その自由を求める自分が、情けなくもあり、でもどこか愛おしくもある。
だから、僕はまた来月もカラオケに行くだろう。罪悪感を抱えながらも、そこで少しずつ、壊れそうな自分を修復していく。カラオケという小さな逃げ場所が、僕を支えてくれていることに感謝しながら。
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