第2話 病名というレッテル
初めて「統合失調症」という診断を受けたとき、僕はその言葉が何を意味するのか、正直よくわからなかった。医師は静かな口調で「これは病気です。薬でコントロールできます」と説明してくれたけど、僕にはただ「普通じゃない」という烙印を押されたような気がした。
診察室の窓の外では、何事もないように車が行き交っていた。自分だけが取り残され、世の中から隔絶されていく感覚。診断を受ける前の僕は、すでに頭の中でいくつもの「声」と戦っていた。現実と非現実の境界が揺らぎ、何が本当なのか、何が嘘なのか、その区別さえつかなくなっていた。でも、診断を受けたことで、それが「病気」という形で定義され、いよいよ現実のものとなってしまった。
「僕はおかしいのかもしれない」。その思いは、診断を受ける前からあった。頭の中で響く声や、誰もいないはずの場所で感じる視線。誰にも言えない秘密を抱え、ひとりで耐える日々。だけど、病名を告げられた瞬間、ただの違和感が「統合失調症」という名の檻に閉じ込められたように感じた。
それから、僕は「病気を持つ人」として生きることになった。周囲の人々の目が変わったように思えるのは、僕の思い過ごしだったのかもしれない。けれど、「病気」という言葉はときに暴力的で、理解されるどころか、距離を生むこともある。
友達に打ち明けたときのことを思い出す。何年も一緒に過ごし、悩みを打ち明け合ってきた彼だったのに、その日を境に、彼の態度は微妙に変わった。彼は僕の言葉を否定はしなかったけど、目の奥にはどこか怯えたような色が浮かんでいた。
「そっか、そうなんだ。……大変だよな」
彼はそう言いながら、どこか遠くを見つめていた。それは同情なのか、それとも恐怖なのか、僕にはわからなかったけれど、その時、彼との間に見えない壁ができたような気がした。僕が「病気を持つ人」として見られることの辛さは、その時初めて心に突き刺さった。
それでも僕は、病気に振り回されないように生きたいと思った。病名が僕を定義するものではない。そう言い聞かせながら、自分を見失わないように、日々を過ごしている。でも、やはり病名はついて回る。職場でも、学校でも、人と接するたびに「統合失調症」というレッテルを隠しながら、僕は「普通の自分」を演じ続ける。
しかし、その仮面は時々、どうしようもなく重くなる。頑張って人並みに振る舞おうとすると、心がすり減ってしまうのだ。それでも仮面を外すことは怖かった。素顔の自分を晒すことの恐ろしさ、無防備な自分を見られることの不安。だから僕は、今日も仮面をかぶり続ける。
「病気の自分」を受け入れること、それは簡単ではない。けれど、受け入れなければ、前には進めない。病名に振り回されるのではなく、病気を抱えながらも自分を大切に生きること。その難しさを、僕は少しずつ学んでいる。
「統合失調症」という名前に縛られず、「僕」という存在を見つめること。それが今の僕の課題だ。病気を持つ自分もまた、自分の一部なのだと。認めたくないけど、認めなければならない。それが今の僕の現実だから。
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